トルコをめぐる旅 本文へジャンプ
  
2007年4月 2週間の日程でトルコをめぐりました。
面積は日本の2倍、訪れたのは ほんの一部の観光地だけでした。
連日 抜けるような青空、シルクロード沿いの高原ではとりどりの草花が揺れていました。
アジアとヨーロッパを結ぶ国、トルコは なんだか居心地のいい世界の十字路でした
 
□ 自然遺産
 いきなりカッパドキアでした。高台に立つと360度 見渡す限り あのきのこ岩でした。異次元の世界に身をおく気分です。そのきのこ岩には いくつもの横穴がありました。かってペルシャやイスラム軍団の侵攻に備えてキリスト教徒たちが隠れ住んだということです。なにげなく見える横穴をくぐると そこは曲がりくねった地下都市でした。一時は1万人以上もの人たちが潜んだといわれる地下12層の”隠れ家”には祭壇やぶどう酒の貯蔵庫跡がのこっていました。
イズミルの近くで もうひとつの自然遺産に出会いました。パムッカレ(綿の城)の石灰棚です。丘陵から流れ落ちる温泉の石灰分が岩場を白く覆ってしまったのです。麓から見上げる石灰棚は不思議な景観でした。その丘陵には紀元前 ベルガモン王国時代の遺跡もありました。温泉につかり円形劇場で芝居や格闘技を楽しむ古代人の姿が透けてみえるようでした。
         (写真をクリックすると拡大写真になります)
カッパドキア点景、パムッカレの石灰だな
□ 歴史遺産
地中海、エーゲ海に沿ったアナトリア(トルコのアジア側)は温暖明美の土地柄。古くから人が住み、他国の人たちにとって魅力のある土地でした。紀元前、ギリシャによる植民地化にはじまり、ペルシャやアレキサンダーのマケドニア、ローマ、オスマントルコ軍勢がこの地を駆け抜けました。戦乱の陰で 辺境のこの地に ギリシャのヘレニズム文化やローマ文化、それにビザンチンの文化が根付くことになったのです。

今回の旅ではこんな時代を経た多様な文化遺跡に出会うことになりました。エフェソスの大図書館 アフロディスイアスの神殿 ベルガマの医療施設に「ローマ時代」を見ました。木馬の復元は興ざめでしたが、繁栄と滅亡の歴史を繰り返したたトロイの遺跡では その9層の都市遺跡の断層に兵どもの夢の跡を重ねていました。
(左上から)アウロディアシアスの神殿。復元されたトロイの木馬。エフェソスの図書館。トロイに残る9層の都市の跡。ベルガマ王国の跡
   

□ ひと・まち
なぜ いまトルコなのー 出発前に何人もの人に聞かれました。正直 わたしも半信半疑の旅立ちでした。そしていま いい国でしたよ と言えるようになりました。イスタンブールは ビザンチン(東ローマ帝国)オスマン朝 合わせて1000年 帝国の都として繁栄してきました。その栄光を伝える建造物や風物があちこちで見られる国なんです。
 アジアとヨーロッパの十字路にあたるこの国では、道行く人の顔もさまざまでした。しかし 気分はアジア人なのだろうか、どこででも穏やかに迎えられました。欧米では経験できない旅でした。この国を訪れる観光客は年間400万人、うちドイツ人が200万人、日本からは20万人だといいます。田舎町でもしばしば片言の日本語を耳にしました。こどもたちのはずかしそうな笑顔が心にのこっています。
トプカプ宮殿 ボスボラス海峡 街角で