ちょっとドンキホー

わがパソコン奮戦記

 私がインターネットをやっていると友人に話すと、即座にこういった。「あんたがやれるんだからおれもやれるんじゃないかな。やってみるか」  私のパソコンへの挑戦はわれら中高年の機械音痴たちに希望と勇気を与えることになった。
 ことほどさように私の機械音痴ぶりは知れ渡っていた。だからさきごろのバイクの転倒による骨折事故も会社の仲間たちは「バイクでなくて、自転車だろう。バイクなんて動かせるはずがない」といってたらしい。

 おっしゃるように私は根っからの文科系人間。理科に強ければ新聞記者なんてやってないよ、なんていまだに威張っている。新聞記者も、宇宙工学、地球物理、数学専攻などの理科系がざらにいる。環境や医学などの専門分野の取材に比重がかかるようになって、文科系だと、開き直ってもおられない。

 私の「機械仕掛け」への挑戦は、そんな志の高いものではない。くせ字の原稿は他人には読めない。もう10年以上前になる。ためしにワープロを購入した。
 「オアシス」で、画面は10文字1行だけ。それでも画期的だ。急な海外取材のさい一夜漬けの英文タイプでしのいだ経験、これが生きていてキーボードにはそれほど抵抗はなかった。

 ひそかに練習をつづけた。タイピングの練習のつもりで、25年を迎えたわが分譲地の25年史の作成を思い立った。
昼間のデスクワークから夜勤のデスクワークに変わって夜勤明けの一日は、思いつくままにうち続けた。目的があるからタイピングは休みなく続く。

 B5,100ページほどの冊子を約1ヶ月ほどで作り上げた。それから4,5年後に始まった社内のワープロ化にはすんなりと移行できた。

 パソコンを購入したのは4年前だ。定年後にやりたいことのひとつに本や取材記録の整理があった。それにはパソコンが便利らしい。息子に話すと「ちょっと心配だけど、ワープロが使えるからやれるかな」と半信半疑だった。
 大きなデスクトップのパソコンがが運び込まれた。事前に「やさしいー」「だれでもできるー」式の本を手当たりしだいに買い込み座学をやってきた。しかし勝手が違う。

 「事前学習」の成果は、なんでもいいマニュアルに忠実にやってみる、ということだった。箱の開け方からマニュアル通りにやってみた。やっと電気や電話線とつないだが、ワープロソフトで躓いた。

 画面が青くなったり、いきなり英文字が飛び出してストップ。3.5インチフロッピーを入れたままではウインドウズが立ち上がらない。それがわかるまでに時間がかかった。
 
 もうパソコンは3代目になる。メールのやりとりからホームページを立ち上げるところまでこぎつけた。骨折治療中の身には、パソコンは格好のお遊びだ。ホームページづくりは「孤立無援のおじさん専科・自分のホームページ」一冊のうすっぺらい本から始まった。
 <html>なんて文字も怖くなくなった。ホームページで知り合った町田在住の木本正紀さんの手助けで、次第に形が整ってきた。 

 そのうちにホームページの奮戦記を掲載するつもりです。困ったことも友人、知人の協力で乗り切っています。ところが頭で理解できないままにいつのまにか修復できることが多いので、さて字にしようかと思っても気が進みません。奮戦記はまださきのことになりそうです。(2001.8.26