さようなら「クリ」 本文へジャンプ




(2001.6.25撮影)
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 クリはやっぱり控えめに死んでいきました。16歳、人間の年齢だと90歳に近いおばさんでした。人間を信じ、争うことも、むだに吠えることもなく、もの静かに生きてきました。死んだ日、衰弱しきってもう立てない。それでも庭に出てトイレをすませ、1,2滴の水をめずらしく口にふくみました。それは老嬢の最後の身繕いだったのでしょうか。わが家の犬は2002年3月14日、午前9時50分、春の陽ざしの中で死にました。
 最期をみとった妻が娘にファックスでこんな手紙を送っていました。クリを飼うきっかけをつくってくれたのがこの娘だったのです。急いで書いてた「クリママの記」です
 クリは3月14日、大きく息を吸い、思いっきりのびをしたかと思う間に、風になってしまいました。急に春風が吹き始め、庭にある杏やボケやゆすらうめの木々の蕾がポツポツと開き始めたのです。朴の木も桜も柿の木も、枝先の黄緑の新芽がゆれてみえました。
 クリは16年しか生きていないのに、人の年齢では百歳に近かったそうですその思い出は、いつも正直でさわやかで、自然な姿でした。いま3月14日の風が、わたしのまわりで揺れています。あなたの「初任給」でクリをくれた葉子 ありがとう。これからは爽やかなものにふれるたびにクリを想いだすでしょう。
 花いっぱいに飾られたクリは、渋谷からかけつけてくれた獣医の高井和子さん、遠藤さん夫妻、わたしたちに囲まれて、庭の桜の木の下で永い眠りにつきました。やさしい顔でした。夕暮れだというのにつがいの鳩が庭のクリの踏み分け道を歩いています。 葉子、悲しまないで、春の風をいっぱい吸ってください。

以下はクリの回顧録です。昔、町田の田舎にこんな犬がいました、と読んでください

名前は「クリ」。

なんという種類のイヌですか、と聞かれることが多い。「ひどい雑種ですよ」と答えてきた。 雑種には違いないがどうやら日本犬の血筋をひいているらしいことがわかった。
 つい先日、テレビの旅番組をみていたら、そっくりなイヌが登場した。長野県の川上村にいる「川上犬」だという。毛並みも仕草もどこか似ている。この村は町田市の保養施設がある。まんざら縁がないわけではない。

 まちだ東急ハンズの屋上にあった里親探しコーナーから貰ってきたのだからどこで生まれたかもわからない。ゲージに駆け寄る子犬たちの一番後ろで頼りなそうな子犬がいた。それがこの犬だった。初任給を貰った娘がくれたお金で、首輪や鎖、餌などを買った。もらい手を待つ里子たちの餌代にカンパもしてバスケットにいれて連れて帰った。
 だから名前も「しょにんきゅう」を思いついたが、家族の反対で栗毛色にちなんで「クリ」と名付けた

 人間好きで,おだやか。叱らずに育てたことがよかったらしい。一日、1回の食事は庭先で。残った餌は待ちかねた野鳥たちが賑やかについばむ。クリはそしらぬふりだ。いや食器にふたをしようものなら、すかさずふたをくわえて開けてしまう。庭に来る雀たちと共存しているらしい。
 ところが、キジ鳩やヒヨドリが来ようものなら飛び出して追い立てる。小さな野鳥たちが好きらしい。雑種の優しさなんだろうか。

 ひところ夜になると居間の片隅で過ごした。ベランダに近い一隅に敷いた新聞紙が居場所になった。見開きの狭い新聞紙の枠内にうずくまる。テレビが終わり、家人が立ち上がるのをみてガラス戸に近づく戸を開けると一呼吸おいて暗闇に出ていく。寝場所は犬小屋のそばのぬれ縁の下だ。

  ドロボーを捕まえたという武勇伝があるわけでない。未だに食事前の「お座り」がやっと、特別な芸もない。イヌがいるので気軽な旅もままならない。それでも長生きしてほしいと思う。家内は、わたしのペットロス症候群が心配だと笑う。
                                
  あんなに家に入るのが好きだったのが、どうしたことか、このところ、部屋に入れてもすぐに庭に出るようになった。先日、「マットから出ては駄目」といったのが気にさわったのでは」と家人はいう。濡れ縁の下で雨に濡れてうずくまっていた。

 老犬には暑さが大敵と聞いた。長い毛皮のコートは暑かろうと思う。耳も遠くなったそれでも顔を見ると散歩をせがむところを見るとまだ元気だ。(2001.8)