取材のカメラマンが珍しく弱音をはいた。「一枚の写真にするには難しいね」。小説には、港町にあるミッション系の高等女学校が登場するが、この横手には港もなければ、私立の女子校もない。しかし地元の人達は、『若い人』の原点は、この横手だといい、石坂も「私の文学は、大都市でもなく、郷里でもなく、十三年間、教員生活を送った横手の町で目立って成長し、そして花を開かせた」と回想している。
『若い人』は、県立横手中(横手高校)の国語教師をしながら書き続け、昭和8年から12年までの間、「三田文学」に断続的に連載された。石坂作品は面白く映画化されたこともあって、明るい青春小説とみられがちだが、『若い人』は、重くて考えさせる展開が評判になった。石坂は後になって、「当時の暗い実生活から抜け出したいために華やかで放恣で無惨で美しい人間の崩れいく精神と肉体の歴史を綴りたかった」と話したという。わが子を亡くし、妻に去られたうつろな生活が底流にあった。