「古都」の舞台を訪ねてみようと京都の市内地図を広げてみると、その舞台は洛内、洛外の二十数カ所にもおよんでいた。作品に描かれた折々の行事を重ねあわせると一年かかりになる。しかしこの「古都」でだれもが強く印象づけられるのはすんなりのびた北山杉の里の風景だろう。出かけた京都の北はずれ、北山の里は秋雨にうたれていた。
<山は高くも、そう深くもない。山の頂にも、ととのって立ち並ぶ、杉の幹の一本一本が、見上げるほどである。数寄屋普請に使われる杉だから、その林相は数寄屋風のながめと言えるだろうか>
高雄を過ぎて車でひとしきり走る。両側に続く杉木立。枝を払われた細い幹がそろって、それはフラミンゴのよう。谷間から立ち上がった霧がたちまち杉木立を包み込んだ。
この北山を舞台にした「古都」は、昭和36年から翌年にかけ執筆された。後年、ノーベル文学賞の授章式で「美しい日本の私」を講演するが、そのころ川端は「いにしえの山河」「日本の伝統美」に思いを深めていた。とりわけ京都の風物に心惹かれ、しばしば訪れた北山の里でひとときの安らぎを得ていたという。