名作の舞台                                                □京都・奈良市  本文へジャンプ


古寺巡礼 浄瑠璃寺
和辻哲郎



 和辻がやっとのことで訪れた「浄土」はいまも山の中だった。もちろんこの世に極楽浄土があるわけではない。平安貴族たちが心に描いてつくりあげたいわばバーチャルの世界である。和辻は浄瑠璃寺にきて、この夢想に共鳴することになる。
 浄瑠璃寺は奈良のはずれ、京都との府県境の山里にあった。いくつかの山はいまは定期バスで越えられるが、和辻の頃には荒れた山道を歩いた。小さな山門をくぐると、木々が囲み水面が黄緑色に沈んだ池の端にでた。池を挟んで三重の塔と素朴な造りの阿弥陀堂が山を背にして向き合うように建っている。人々は三重の塔の薬師如来に、現世の悩みの救済を願い、振り返ってお堂の九体の阿弥陀如来坐像に極楽浄土へのお迎えを祈願したという。

 山間の浄土の庭は静まりかえっていた。池の汀に桔梗の紫がみずみずしい。もう千年以上も変わることのない風景なんだろう。「近代人の心には淡きに過ぎ、平凡に過ぎる光景であるが、われわれの心が和らぎと休息を求める時には秘めやかな魅力を持って心の底のあるものを動かすのである」。和辻はこう書いた。

 「お彼岸の頃には太陽が塔の後から昇って阿弥陀如来の背中のところに沈む。きちんと計算して伽藍配置されているんです。その落日の風景はまるで西方浄土の世界ですね」と佐伯功勝副住職。その阿弥陀如来は伏し目がちだがどこかおおらか。平安時代の作だが、かすかに金箔がのこる。「バブルの時期にはみなさん素通りでしたが、近頃は仏前に座り込んで見入る人も多い。問いかけて答えてももらえるような優しさが感じられるのしょうか」。

 
奈良に戻って新薬師寺に出かけた。築地塀がのこる住宅街に天平時代の本堂はひっそり建っていた。和辻が「美しさから受ける恍惚の心持ちに、何ともいえぬ新鮮さを添えてくれる」と息をのんだ簡素でいて、おおらかな造り。薬師如来像が置かれた内陣には十二神像(天平時代、国宝)が円をつくって収まっていた。500円切手になったバザラ大将もカッと怒り顔で立っている。

 「円柱の建物はギリシャのパルテノン、十二神像は日本の莫高窟ですよ」と中田聖観貫首はいう。和辻の目をうばったのは本尊薬師如来像だった。大きな目を見開いたご本尊は、横顔のすばらしい美男。ガンダラ文化を写した外国人の顔だという。「十二神像にしてもモンゴルの顔です。渡来文化が生々しく息づくそれが天平の時代なんでしょう」と貫主は添えた。

 天平に心を広げた和辻は「香薬師」が見られなかったと残念がる。そして以前に見た印象を「ほのかに微笑のうかんでいるお顔、衣文の柔らかなうねり、わざとらしい技巧がなく、恐ろしいほどの単純さである。そのくせ非常に細かな、ふかい感じを表している」と書く。

 白鳳期の傑作とされるこの七十五センチの薬師像はいまは行方知らずだ。二度盗難に遭って二度戻った。和辻が訪れたこのときも、戻ってきたばかり、厨子に納められて公開されてなかったらしい。しかしこの後、昭和十八年に三度目の盗難にあって、いまだにその所在がわからない。「ほほえみを浮かべ頬ずりしたくなるような仏像でした。美人薄命というんでしょうか。しかし私の時代に是非戻ってほしい」。貫主さんはいまだに夢にみるという。