名作の舞台                                             □ 鹿児島県知覧町 本文へジャンプ

特攻基地 知覧
高木俊朗 

                          

                          

                          


 知覧は桜の季節を迎えるにはまだ間があった。川べりの桜の古木はきびしい寒さに耐えている。その昔、ここの桜は、出撃する特攻機に飾られ、女学生たちは桜の小枝を懸命にふって見送った。町の人たちは「桜はさびしい花ですよ」といまだにいう。

 <知覧の広い台地には、陸軍の軍用飛行場があった。昭和20年4月、沖縄にアメリカ軍が上陸すると、陸軍の特別攻撃隊の飛行機はここから沖縄に向かって出撃した.アメリカの艦船に、飛行機もろとも体当たり攻撃をするためである。どの飛行機も機体に250キロの爆弾をつけていた。操縦者の大部分は飛行経験が少なく、爆弾をつけて飛ぶのは、そのときが最初であった。そして、それがほとんどの最後の飛行となった>

 高木さんは当時、陸軍報道班員として知覧基地から飛び立つ特攻機をいくたびも見送った。そのときの印象や体験をもとに ふたたび関係者を訪ねて再取材、悲劇の舞台となった「知覧」を、ノンフイクションとして昭和39年11月から「週刊朝日」に連載した。

 盆地になった市街地をぬけて坂道をあがるとそこがかっての飛行場だった。枕崎に通じる県道にそって旅館や商店が並んでいる。近くに特攻隊員をまつった特攻観音、町の特攻平和記念館もある。飛行機が離陸をくりかえした主滑走路は そこから徒歩で30分ばかり、いもと茶畑になっていた。一面の沃野にカラカラと音が聞こえる。茶畑を霜から防ぐ大きな風車だ。物悲しげな鎮魂の譜を奏でる。

 案内してもらった村永薫さん(80)は町の前図書館長。戦時中は学徒出陣で呉の海兵団にいた。だからここが特攻基地だったのは復員後に知った。「終戦の翌年の六月でした。飛行場跡地に行ったんです。まんなかに飛行機の残骸が積み上げられていました。それは木製でジュラルミンを張った機体の断片、こんな飛行機でと思うと涙がとまりませんでした」。記念館に寄せられた遺書の一つに「完全ナル飛行機ニテ出撃致シ度イ 五月一日 後藤光春」とあった。筆太に書かれた遺書が涙でかすんだ。

 <この基地からは二十年四月から六月にかけて特攻機がとびたった。女学校の生徒たちがたかく激しくふる桜花に送られて。特攻機の飛び去った方向には、富士山のような整った山があった。薩摩半島の南端に立つ,九百二十四メートルの開聞岳である。特攻隊は、その上を越えて行った。陸地はそこで終わっていた。特攻隊員の誰もが、この山の姿を、これが最後と、眺めていった>

 悲劇は飛びたった後にも起こった。中古のオンぼろ飛行機はしばしば故障した。途中の島に不時着するか基地に引き返すことになった。高木はこの本で、未遂の一人の特攻兵を書き込んだ。鹿児島出身の川崎渉少尉は沖縄に三度出撃した。しかし故障で基地にひきかえした。「女に未練を残して死ねないでいる卑怯者」とののしられ、「貴様のような臆病者は、軍法会議にかけて処罰してやる」と参謀になぐられた。爆弾を抱えての単独飛行を命じられ、離陸した川崎は実家のそばに自爆して果てた。

 記念館には知覧から出撃した特攻隊員の四百五十二人、知覧基地の指令で他の基地から飛んだ兵も会わせて千三十六人の遺影が飾られ、遺品が公開されていた。二十歳前後の若者たちだ。だが自爆した川崎の名前はない。不時着した黒島から基地に戻り、再度、突撃した安部雅也少尉の遺書と遺髪が目をひく。この記念館には年間十七万人が訪れる。「みたくなかったのですが、やっぱり来てしまいました」とお年寄りの女性。いとこの写真の前でハンカチを眼に当てた。

 知覧の町もすっかり変わった。永代橋のたもとに三軒の軍用旅館があった。出撃間際、家族との別れを惜しんだ永代旅館は取り壊され、そば屋になっていた。もう一つの横原旅館は改装されたが休業のママ。老婆が一人、ひっそりこもったままだという。特攻おばさん、と呼ばれた鳥浜とめさんは六年前に九十歳で亡くなった。その富家旅館を孫の嫁が経営する。ぼろぼろになった旅館は改築された。「昔のママに復元しました。戦争のことは平和記念館で、私の所ではあのころの空気を伝えたいのです」と若い女将さんがいった。

 知覧は山の中にある町。出撃する特攻機が真正面に見た「母が岳」は悲しみのこもった山だった。平和が続くこの町で、山はいま武家屋敷群の背景に収まっていた。


 たかぎ・としろう 1908−1998,東京生まれ。早大卒、松竹入社、戦時中は陸軍報道班員、戦中体験をもとにノンフイクションを書く。「陸軍特別攻撃隊」(菊池寛賞)など。

☆メモ 知覧はみぞれまじりの荒天。特攻記念館で自衛官の団体にあった。感想をききたかったがやめた。特攻機が名残をおしんだ開聞岳は黒いシルエット、桜島は噴煙を上げた。