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自然が残る図師の里
町田図師小野路野津田小山田


 町田の北部に位置する図師の里は広い。芝溝街道に沿った一帯は住宅と商店街。ちょっとそれると学校、市営プール、リサイクルセンターと公共施設が点在しているのです。

 どちらにお住まいですか、と聞かれて「ズシです」と答えると、たいていは、いいところにお住まいですね、と返ってくる。町田市内でもそうだから市外では湘南の「逗子」と勘違いされることが多い。 だから「町田の山の手です」と言ってみる。もっともその後に「山の手といっても山間部ですがね」と付け加えることにしています。 多摩丘陵を背にした「
山の手」には自然がたっぷり息づいています。

      五反田谷戸

里山の風景 歴史環境保全地域

 小野路から図師につながる丘陵と谷戸地は 懐かしい里山の景観をいまに残しています。丘陵地にはクヌギやコナラなどの雑木林が連なっています。谷戸のわき水は水田を潤し、草地を広げています。こんな環境を保全しようと東京都は昭和53年7月に ここを「図師・小野路歴史環境保全地域」として指定しました。やっと荒っぽい開発の波から守られたのです。
 指定地域は33.1ヘクタール、うち公有化されているのが49%。里山は放置すれば荒れ地に変わるのですが ここでは地元の農家らの管理組合が都の委託をうけて植生や管理をしているのです。古い手法で池をよみがえらせ、枝打ちや下草刈りも行っています。里山が戻ってカエル、トンボの種類が増えオオワシやムササビ、タヌキたちも棲みつくようになりました。 この数年 オオタカが毎年のように雛をかえしています。谷戸の稲田ではシラサギが餌をついばんでいます。夏には蛍もとびます。


 丘陵の中ほど、小高い台地にほこらがひとつ。東京では最古とされる小野路城趾です。鎌倉初期に活躍した小山田城主小山田有重の次男重義の居城と伝えられています。その土塁の下には「小町井戸」。地元の万松寺の縁起によると 眼病を患った小野小町が千日こもって この水で眼病を治したのだということです。
 春 谷戸にある一本の桜樹にゆっくり花がつきます。樹齢3ー400年、風格のある山桜。棚田を背景に花をひらかせた老桜の姿、 まるで能舞台をみるようだ と知人が言ってました。そういえば昨年でしたか 藤沢周平の「蝉しぐれ」の映画に この棚田のさくら風景が写しだされていました。


小山田緑地 富士見百景
               
 日大三高が都心の赤坂から引っ越してきて、もう30年になります。高校野球では、近くの桜美林高校とともに「西東京」の名門校、甲子園の常連校です。2001年の夏の甲子園では全国優勝をはたしました。丘陵地に広がっていた用地は、しょうしゃな装いのキャンパスになりました。学園をめぐるく桜並木桜樹の幹もふたまわりも太くなって春にはみごとな桜のトンネルをつくってくれます。尾根緑道まで続桜並木の道は「さくら通り」と名付けられています。
  都立自然公園「小山田緑地」は、日大三高に隣接して広がっています。かってはゴルフ場、その昔は朝廷の官営牧場でした。都がこのゴルフ場を買収して平成2年に大規模緑地としてオープンしました。面積は開園当初は20f、公有化が唐木田周辺にまで進んで、いまは40fにひろがっています。

 雑木林の間を抜ける土の道が整備されて、ところどころにベンチがあるだけの公園。最近になって子どものための施設が置かれるようになりましたが やはり自然公園。丹沢の山並みが眺望できるみはらし広場、ふりむけば丘陵の向こうに多摩ニュータウンの白い建物がみえる。竹林のなかをたどる丸太の階段、トンボがすむ大池、木橋の下には水芭蕉も顔を出します。のんびり歩くには格好の環境なんです。平成16年に この見晴らし広場が国土交通省の「関東の富士見百選」に選ばれました。

 毎月第2日曜日、地元の自然保護団体のメンバーが見晴ひろばに集まってます。時おり開く「源流まつり」 近くの鶴見川源流の水でたてた「源流コーヒー」が売り物になっています。