☆ やっと読者にもどりました
わが家の購読新聞は一紙にしました。永年 三紙の斜め読みを習慣にしてきただけにどこか心許ない。一紙だけ 大きく派手な掲載は「トクダネ」だったんだ と判断できたのも読み比べできたためでした。でも一紙だけになると新聞を読む時間が増え、熟読するようになったのです。現役を退いて5年 やっと読者に戻りました。
☆ 紀元前のユーラシアの栄光
通りがかり、三鷹の中近東文化センター博物館に寄りました。古代ユーラシアの青銅器展が開かれてました。銅鏡の細工の緻密さ 鉢づくりの曲線美 観察眼の鋭さに BC3000年、この地に住んだ人たちの美意識と心意気を感じました。東西文明の橋渡し役を果たしてきたユーラシア、だが いまは その一角で争いがつづく。
☆ 趣向の違い
春をおもわせる陽気 市内の名木百選を巡っている友人に誘われていち日、町と里を歩きました。 歩くのに目的があったほうがいい、と各地を歩くこの友人は元技術屋。忙しく木をチェックするそばで わたしは樹を見上げるだけ。柊の葉も老いると棘がない ただの丸い葉にー、なにげない自然のたたずまいが大写しにみえてきます。(070126)
☆ アナログ先生の書斎
エッセイストの故串田孫一さんの書斎が北海道斜里の美術館に移設されるとか。生前 なんどかお邪魔した小金井の自宅のあの書斎。山積みの本の谷間に 赤鉛筆や鋏などが納まった三つのペン立て、当時ではまだ珍しい携帯電話が目をひきました。ワープロも飛行機も苦手の先生、でも この便利グッズには「文明」を感じとられていたようでした。なつかしく思い出されます。(070120)
あったかい 冬の庭
風もない暖かい日が続きます。きょうは朝から陽ざしの庭がにぎわっています。一番鳥は2羽のアオジ。ばらばらと舞い降りてきたのはオナガたち。常連のヒヨドリ、スズメも姿をみせました。やや遅れてやってきたのがキツツキ仲間のアオゲラ 桜の幹をちょこちょことかけのぼりました。なんだか 夢をみているような気分でした。
☆ シモバシラの氷の花
ことしの山歩きは高尾山からでした。誘われて「シモバシラ」を見に行きました。シモバシラはシソ科の多年草の名称。冷え込んだ山の朝 この枯れ枝に氷の固まりが宿るのです。幸い出会えました。草むらにバラやユリ、ソフトクリーム風の自然の造形が散らばっていました。実はこの草花 秋に白い花をつけるので いまみる姿は茎の水分が凍ってはじけた「凍傷」だったのです。そう思うと どこか哀れにさえみえる冬の花でした(070109)
☆ 美しかった国のお話
こんな賀状をいただきました。「大真面目に昭和の妖怪に傾倒しているらしい発育不全のアナクロ坊やなら戦後を脱却して向かう先が歴史と反対方向の神国ニッポンあたりになっていても驚くことはありません。ただ・・・」。 学徒出陣世代の会社の先輩からのものでした。岸内閣時代の安保闘争を取材、条約成立に同調する社説に ”抗議”して社を去った社会部記者。あらためて今を考えさせられました。(070101)
☆ おめでとうございます
2007年 おだやかに明けました。おめでとうございます。ことしは「猪突猛進」に背いて ゆっくり歩んで行きます。いまから 陽だまりの道を歩いて小山田の古刹に初詣します。みなさまの幸せを祈ってきます。ことしもよろしくお願いします。(070101)
☆ 師走 大荒れ
昨夜は雷鳴が轟いて大荒れでした。打って変わって きょうはおだやかに青空が広がっています。この2.3日 体調をくずして 動かず過ごしてました。時ならぬ雷鳴が 「快復」を告げてくれたようでした。おぞましい事件や事故が続くこの師走、雷鳴は大自然からのメッセージだったのかもしれません(061230)
☆ 仲間たちと忘年登山
ことし最後の山歩きは高尾山塊でした。落葉で埋まった岩場をたしかめながら歩く。高尾は難易さまざまな縦走路があるのが魅力。今回は2つの峠と3つの小山をこえる15`でした。落葉を散らすとそれは冬のラッセル気分、山の上はひんやり あわててヤッケを。その”変化”が楽しい。暮れた山の湯で足の疲れを癒しました。(061222)
☆ 冬鳥がやってきた
わがやの庭にも冬鳥が姿をみせるようなりました。紋つき衣装のジョウビタキが尾をふるわせてます。ツグミが一羽 梅の小枝で長旅の疲れをいやしているようでした。いつの間にやらもう年の瀬、この時期ばかりは 締切に追われたあの頃が想われます。因果なことです。
☆ 有楽町での同窓会
雨のきのう 数寄屋橋で高校同期の同窓会がありました。歩き慣れてた筈の日比谷の地下道でちょっと迷い、ソニービルでは新製品に目を奪われました。出席者18人 話題の中心は医療費問題。なんだか怒りっぽくなっていたのは歳のせい、いや 政治のせいかもしれません。(061209)
☆ 「はじらい」 もう昔言葉かな
「はずかしい」「はじらい」なんて言葉はもう死語になってしまったのだろうか。党の方針に逆らった造反議員があっさり復党、公正を公約した知事が汚職にからんでシラを切る、家族を公職にとりたて「どこが悪い」と開き直る首長。そして その人たちが”美しい日本”や教育を方向づける。(061203)
☆ 西の紅葉 間に合った
_thumb.jpg)
ことしの紅葉見物は紀伊と大和路でした。はじめての吉野山は赤とうす緑に染めわけられ、尾根に沿った山の道は落ち葉を重ねていました。人影もまばら ひっそり静まった大伽藍 いっそう旅情をそそってくれます。高野山宿坊での朝、声明の響きですっかり眠気も覚まされました。ゆく秋が身にしむ旅でした。(06.11.30)
☆ 落ち葉 散り敷く山の道
半年ぶりに重い登山靴で山道を歩きました。御岳から高岩山を回るそま道を友人と3人で辿りました。散り敷いた落ち葉の坂道は滑りやすい。ようよう 岩場をのり越えると どんと視界がひらけました。遠くに新宿。大山もみえる。友人がいれてくれたコーヒーが ことのほか美味い。歩けるしあわせを 心のうちで山に祈りました。(06.11.26)
☆ オオタカの飛翔とカワセミをみました
風が冷たい朝 探鳥会に出かけました。冬鳥たちももどって公園の雑木林はにぎわっていました。紅葉の道を歩いてみたいと先日 いつもの里山に行ってみました。でも丘陵一帯は まだ濃い緑、ススキだけが白く波うってました。それにしても一人歩きのご同輩が目立ちます。問われるままに いつのまにか にわかガイドになっていました。
☆ おやじの背中
近所の3歳坊やが玄関先に座り込んで破片のタイルの「組み合わせ」に懸命だった。そばでは左官屋さんの若い父親がタイル張りの門柱を建てるのに忙しい。小さな頭にしめたタオルも父親といっしょ。ただのお遊びだろうが 「子は親父の背中を見て育つ」を地でいくような姿に しばし見とれたのは元会社員のわたしでした。(061101)
☆ 学習指導要領の「法的拘束力」
高校の必修「世界史」の未履修が問題になっています。これまでの行政の流れの中では 文句なしの学習指導要領違反。君が代を歌わなければ指導要領違反と厳しく処分してきた都教委も この事態には ただ だまりこんだまま。だからなんです 学習指導要領は所詮は「きまり」 でしかなかったんですよ、石原さん。(061029)
☆ そんなに急いでどこに行く
なんだかうっとうしい秋です。いまマスコミを騒がせるのは拉致問題や北朝鮮の脅威、それに親の虐待 汚職公務員など。その元凶は憲法や教育基本法にあるといわぬばかりの政権。そして改訂を急ぐ。禍を右からの追い風に変える政治がこわい。これを支持する波は なお怖い。昨夜、映画「密約」をみました。(061026)
☆ そこは落語の舞台でした
江戸歴史散歩の2回目は「王子」周辺。陸奥宗光や渋沢栄一らの豪邸と下町がほどよく同居していた町。広重、北斎が絵にした川すじや「王子の狐」「花見の敵討ち」で笑った落語の舞台もここでした。江戸の発祥はこのあたりだ と聞いて古跡、旧跡の多さも理解できました。お土産は「王子の狐」にでてくる扇屋の「卵の釜焼き」、甘すぎる味が 江戸の味だったのでしょうかね。(061015)
☆ 縁あってにわか”フアン”でした
書きかけのままで早朝 尾瀬に出かけてました。中日落合監督の涙も車内の新聞で読みました。32年前です。中日が優勝すると全社員に祝い金がー噂が広がって あさはかにもー。ただ今回は 練習で新人を育て、年配選手を巧に起用する落合采配に拍手してました。あの時は与那嶺監督、ニクソン 田中首相が辞任した年、祝い金も 取材の打ち上げで消えました。(061012)
☆ 朴葉焼の季節に備える
秋晴れの日 庭の朴葉を保存しました。朴葉焼に備えてのことです。雨風にうたれて葉の痛みはひどい。やっとのことで20枚ほどを選んで水洗い、蒸して日陰で乾燥させました。近じか隣の空地で造成工事がはじまります。わが家からの風景も一変することでしょう。そう思うと ムダな手作業にも力がはいりました。(061010)
☆ あたりまえなんですがー
何十年ぶりかに小石川界隈を歩きました。都立高が呼びかけた「江戸東京歴史散歩」。荷風が生まれて琢木が亡くなった山の手。かってのお屋敷町もマンション群に呑み込まれた格好。あいにくの雨 土に滲みることも無く雨水は勢いよく坂道を流れる。伝通院と小石川植物園で やっと一昔前を思い出しました。(061001)
☆ キンモクセイがにおう秋
ほのかにキンモクセイの香りがただよってきました。橙色の小さな花なんですが、ひとつに固まると勢いがいい。安倍内閣もタカ派に論功行賞組が加わってスタートしました。目指すは憲法改正と教育基本法改正をおりこんだ「教育再生」だとか。安倍さんは「政治の評価は結果です」という。結果をだすにはもっと身近な課題があるはすだが。(060928)
☆ 里山にゆっくり秋がー
蝶や鳥もそうなんですが 花の名を覚えるのも苦手なんです。このピンクの花 もう何年も咲いているのですが 今回はじめて「カクノトラノオ」だと覚えました。秋晴れ 近くの里山を歩きました。谷戸の稲田はきいろく波うっていました。刈り取りはもう間近か アカトンボがせわしく秋の花を教えてくれます。「子どものころの田舎の風景ですね」と棚田で出会った人。そうですね と応えてしばし立ち話になった。(060920)
☆ 伊達政宗がめでた秋の花
一転 秋の長雨、しとしと降ってます。庭のシロハギが花をつけました。緑のなかの白い花は胡蝶の舞を思わせます。とはいっても しげしげと萩の花をながめるのははじめてでした。毎年 この時期には咲いていたのですが 気にもとめませんでした。シロハギの寺(五日市・大悲願寺=写真)ま人出 と新聞で読んで 関心をもったというお粗末です。伊達政宗も愛でた花だそうです。(060912)
☆ 自然が演じた?高齢化社会
近くの自然公園での野鳥観察会に参加しました。鳴き声が聞こえ、枝が動くのですが 姿を捉えられない。でも参加者たちは17種を確認してました。私の目はもっぱら草木。はやばや落ちた枯れ葉が 蜘蛛の糸でやっと踏みとどまっていました。人間社会を演じてる と見たのは皮肉でしょうか。(060910)
☆ 空しく響く「美しい国へ」
紀子さまのおめでた、「美しい国へ」とはしゃぐ安倍さん。話題に事欠かないのに どうしたことか気がすすまない。なんだか すべてが仕組まれているように思えてならないからです。それにしてもひどい。わが町の市長さんも含めて役人たちの乱脈ぶり あきれるばかりです。美しくないから「美しい日本」が夢物語のように語られ 受けるのですかね。(060905)
☆ 上京してきたクロアゲハたち
9月スタート。きのう 近くの里山に出かけました。ハギもコスモスもまだ、蝶々だけがやたらと目につきます。この夏は 黒いアゲハの飛ぶのをよく見かけました。蝶のことはよくわからないのですが 話によると ことしは 南国のクロアゲハたちが 群れて東上してきたそうです。 (060901)
☆ 霞ヶ関のせみ
蝉の声を聞くのは田舎住まいの特権でした。いまは都心の街路樹でも騒々しく鳴いてます。一昔前、自宅からの電話は蝉の声を気にしながらかけていました。そのうち霞ヶ関周辺の蝉の声も自宅周辺と変わらないことに気づいたのです。これさいわい 「いま○○省で取材中です」と自宅の蝉の声をBGMに会社に電話してました。練磨の上司はお見通し、「そりゃ ご苦労さん」とひとこと添えて電話を切った。いい時代だったのです。
(060824)
☆ 出遅れた庭のセミたち
けさ 庭先のあちこちでせみの抜け穴と抜け殻をみました。出遅れていたセミたちが一斉に羽化したらしいのです。10年以上も土にひそんでいて世の中に出てきてせいぜい1週間の命。枝木に残ったただの脱皮殻を「空蝉」と風流に呼ぶようになったのは このはかない命をいとおしんでのことだからでしょうか。でも万葉時代には空蝉は『せみの器」の意味でしかなかったと言います。(060819)
☆ 8月15日がやってきた
総理の靖国神社への強行参拝で いつになく心騒ぐ8月15日です。だから ひっそり映画でもみて過ごすことにしました。小学一年生の孫と「対馬丸」のアニメ、700余人の疎開児が海に没した戦時中の悲劇。映画「24の瞳」は、声高に叫ぶことなくひしひしと心打つ反戦映画。わかってくれたかな 孫に「戦争」を伝えました。
(2006.8.15)
☆ 蓮の花 ひらいてました

梅雨が長びきます。それでも近くの蓮田の花は いつものように この時期 大きな花をつけていました。今年の花は一回り大きいですよ と地元の人たち。緑の稲田が広がる蓮田の周辺は ヒマワリ アオイ 夏の花が鮮やかです。ふだんは無口な農家の人たちもなごやかにみえました。花の効用でしょうか。(060726)
☆ きまぐれな天気
戻り梅雨です。しとしと降っています。先日 石塀にはりついているカタツムリを見ました。土に産卵する時期のはずなんですが、カタツムリは石塀の日陰でじっとお湿りを待っているようでした。気まぐれなお天気に いちばん とまどっているのは、こんな小さないのちたち かもしれないと ふっと思いました。(060719)
☆ 遠い夏の思い出
猛暑の日が続きます。夕べは ひぐらしのせわしげな合唱を耳にしました。「梅雨」だというのに 周りはすっかり真夏のようです。きょうは朝から 隣接の空き地でモーターがうなっています。のびきった夏草の刈りとりです。夏くさのあの青臭い匂いがただよってきました。そうだ 戦争が終わったあの暑い日にも この匂いをかいたっけー。(060714)
☆ かみしめたい詩
「二人が睦まじくいるためには/愚かでいるほうがいい」で始まる詩人吉野弘の「祝婚歌」は味わい深い。姪の結婚式に贈った詩だが、なかのこんな一節は いまを突いています。「互いに非難することがあっても/
非難できる資格が自分にあったかどうか/ あとで 疑わしくなるほうがいい /正しいことを言うときは /少しひかえめにするほうがいい/ 正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと/
気付いているほうがいい」。酒田生まれで故人。「吉野弘詩集」は愛蔵書の一冊でした。詩全文は http://bbs2.orange-e.net/?id=orenji
☆ 中田の引退宣言
「Nakada」の引退宣言は突然でした。HPで読んだ引退の弁は説得力のある名文。スタッフをまじえて練りにねってきたのしょう。人生を旅になぞらえるのはよくある手ですが、それが古さを感じさせないのは 真摯な態度と熱意だったのかもしれません。ひさびさに、 ひとことひとことに思いをこめた文章に出会いました。
http://nakata.net/jp/
☆ きょうから7月
真夏を思わせる暑さです。そんな日に 涼しげなチョウをみました。温室のなかで軽やかにとんでいました。先日は赤坂のサントリーホールでのプラハ放送交響楽団の東京公演を聴きました。特別出演のブーニンが弾くモーツアルトは さすがに鮮烈。あふれるような響きのなかに浸りました。ほんのひととき 暑さを忘れました。
☆ 都心でのコンサート
真夏日”のきのう 久しぶりの都心でした。赤坂のサントリーホールでのプラハ放送交響楽団の東京公演。特別出演のブーニンが弾くモーツアルトは さすがに鮮烈。あふれるような響きのなかに浸ってきました。2000の客席は ほぼ満席、S席(1.5万円)は、はやばや札止めだったとか。着飾った人がいるわけではない。さりげなく楽しむ中年の姿が目につきます。これが”成熟”というのだろうか、カフェテラスでゆっくりコーヒーをのんで 田舎に戻りました。(060628)
☆ 無責任な人たち
日本は世界にくみ伏せられました。サッカーのことです。”強い日本”を煽り立てていたTVや新聞は 掌をかえして 戦犯さがしで時をかせいでいます。その自作自演ぶりはいかにも見苦しい。でも それ以上に見苦しいのは、インサイダーまがいの手法で利殖をしていたこの国の中央銀行総裁なのかもしれません。(060624)
☆ ひっそり 花開いた水草
アサザの花と きのう 出会いました。昔は湖沼などに群生していた水草、それが開発や汚濁で姿を消してしまっていたのです。環境庁も絶滅危惧種に指定して保護しています。一見 胡瓜のハナのようですが、よく見ると花の中にもう一つの花が開いているようにもみえます。近くの谷戸の池で ひっそり咲いていました。(060613)
☆ 46年前の あの熱気
ワールドカップでのオーストラリアとの初戦 負けて残念でした。熱にあおられ 昨夜はTVに釘付けでした。パスをつなぐ小技はさすが、でも大技では相手が一枚上でした。TVも新聞も いや店や神社までもが ”侍ブルー”にわいています。これが少しは静まり、静かに「世界」が観戦できるなら初戦の負けもまた良しでしょう。46年前のこの日、国会議事堂を取り巻いた人波の中にいました(060613)
☆ 文化を役人に委ねたことのツケ
高松塚の壁画のカビ発生に続いて 芸術選奨の受賞作に盗作疑惑がもちあがった。いずれも”加害者”は文化庁。かって 予算も人も中堅国立大なみ、地味な役所ですよ、と聞かされたことがある。それがとんだことで有名になってしまった。モノとカネが大手をふるいまの世、 文化だけは汚されたくないのだがー。(060608)
☆ 深夜に啼くホトトギス
けさも キョッキョと甲高く響く鳥の声を聴きました。深夜、この啼き声は もの悲しげに聞こえます。ホトトギスだと知ったのはつい最近です。カップルの相手さがしか託卵できるウグイスなどの巣を探しているのだと友人から教えられました。巣から落ちた子鳥が深夜 親を求めて飛んでいる そんな姿を想像していました。でも 啼いて血を吐くホトトギスー もっと現実的だったんですね。(060603)
☆ あれ もう6月なんです
わが家の南にある空き地の造成工事の準備がはじまりました。傾斜地にひろがる野生の蕗。踏みつぶされそうなので一株もらって庭に移植しました。ついでに摘んだ蕗、せめて薄皮だけでもと、指先が茶色にそまるほど熱心に皮をむきました。でも 茹でればあっという間ですよ と家人に言われて ちょっと力がぬけました。今夜は蕗入りご飯だそうです。(060601)
☆ アクセス 14万件になりました
アクセスしていただいた件数 26日午後に14万件に達しました。ありがとうございます。このところ、コツ コツと響く音で目を醒ましていました。窓ごしにそっと覗くと庭にある櫻樹の幹に動く影を見ました。紅いベレーのアカゲラが幹をつついて幼虫を補食していたのです。樹には仕事の跡がなまなましくのこっていました。(060526)
☆ 一転 「真夏」の一日でした
真夏のような強い陽ざし 野津田公園のバラ広場を歩いているだけで汗をかきました。とりどりに咲いたバラは華麗でした。そのネーミングにも なるほどと思わせるものがありました。手づくりの美しさとでも言うんでしょうか。 本当はいつのまにか花をつけた雑種の草花が好きなんです。(060520)
☆ そんなに急いでどこへ行く
教育基本法が危なく揺れています。「共謀罪」の成立が急がれています。”政権末期”のどたばたと笑っておれない今国会です。二つの法案、「愛国心」や「合意」など人の心や心の持ちようにまで国や権力が介入、制約していこうというのですから。かっての「国歌・国旗」法案審議で「学校などでの強制はない」とくり返し答弁していましたが、それがいまー。(06.0516)
☆ はじめてのオペラシティ
「初台ってどこ」 と聞かれました。西新宿に近い渋谷区初台のオペラシティです。第二国立劇場(オペラハウス)に隣り合わせた関連文化施設。一昔前、二国の建設場所をどこにするかで大騒ぎでした。そのため地図上では熟知していたのですが行ったのははじめて。いまごろになって 東京の大きさにとまどっています。関連 「鯰の見聞録」に。
☆ 続 五月晴れ ホウの花
黄金週間も残すは一日 わがやの帰省組も関西に戻りました。五月晴れもきょう一日とか。朝方 ふくらんでいた朴の花が午後にはいっきに咲きました。20個ほどの蕾のまだ2,3ですが、甘い香りをただよわせています。でも 虫たちの姿はみえません。誘われるのはものぐさな人間だけのようです。(2006.5.7)
☆ カーボン製のステッキ
きのうの雷鳴はすごかったですね。奥多摩の山で尾根歩きの登山家が雷に打たれ亡くなりました。原因は持っていたカーボン製のステッキらしいのです。マナスル西壁の初登頂を果たした超ベテランにも、思わぬ落とし穴があったんです。そのころ わたしは皇居前で雨宿りをしてました。傘の軸はプラスチック製でした。
☆ 「負け組ゼロ」が勝った
暖かい春がもどってきました。けさの新聞は衆院千葉補選での「ふつうの女の子」の当選を伝えています。「小泉劇場」に酔っていた観衆が われに返ったということでしょうか。「改革続行」より「負け組ゼロ」に票が動いたのです。そろそろ本物の政策論議を期待したいのだがー。(06.04.22)
☆チューリップに2度目の春
きょうは強い春風が吹いています。桜は葉桜にかわって庭はいま花盛りです。オランダ産のチューリップも昨年に続いて2度目の花を咲かせました。掘り忘れていた球根が、生き残っていたんです。風が黒雲をふきはらって青空を取り戻してくれました。
☆ ほっとする出会い
「品格」が話題になっています。旅先で出会った神代桜に「風格」を感じました。先夜 聴いた前橋汀子さんのヴァイオリンの音にもどこか品格がありました。培われてきた深い味わいというのでしょうか。いまの時代に ほっとする出会いでした。
☆ 春と冬を体感する旅
思い立っての信越の旅でした。越後高田の夜桜をみて信州高遠で桜を楽しむツアー。でも花どころの桜はまだ、妙高山麓は深い雪でした。新潟で冬を体験して 神代桜が咲く山梨では汗ばむ陽気。日本の春と冬を一度に体感させてくれた旅でした。
☆ 咲きほこるさくら
満開のさくらの下を歩きました。きのうの強風にも耐えて満面 薄紅色でした。地元のシニア仲間たちを案内して出かけた小山田の里 城址のさくらもいまが盛りと 咲きほこっていました。のびきったつくしんぼにゆく春を思いました。(写真)
☆ 丘陵はまだふゅの眠りでした
一転 菜の花も色づいて里は春でした。町の桜は満開だというのに棚田の桜樹はまだ蕾のまま。残り花をつけた梅の木が寒そう。池のカルガモ夫婦も木株のそばに蹲っていました。里にもどると 桜は6分咲き、堀ったばかりの小さなタケノコが野菜スタンドに並んでました。2本1000円って安いのか高いのか、 春を置き去りにして帰ってきました。
☆ つめばら切らされた ゆとり官僚
世間では人事の季節。かって局長級のポストにいた文部官僚が課長級に格下げされたという。かって取材上でのけんか相手。「ゆとり教育」が非難されて、旗振り役の彼が詰め腹を切らされたらしい。目立つことが嫌われる役人社会、映画評論家でもある異色の官僚にはやはり居場所が無かった。役人社会のおぞましさをまた見た思いです。
☆ いつの間にか新薬になじんでました
信州から戻って播州へ。この一週間 風邪を抱えて旅をしてました。旅先でとびこんだ医院は漢方が得意の医師。もらった4種類のくすりも漢方薬。掌に山盛りになるほどの散薬。副作用がなく、じわりと効く、といわれたもののやはり不安。帰宅後、新薬に頼ることになりました。やっと快復。いつか せっかちになってしまっていた「自分」を考えました。(060318)
☆ 花開いたフクジュウソウ
この暖かさに 庭の福寿草が一気にふくらみました。陽ざしに向かって一斉に花を開かせています。みんなで一斉に、というのがこのところのはやり。フクジュウソウは待ちかねた太陽への賛歌なんでしょうが、政治の世界での”一斉”はなんだか
☆ 手作りバックに企業化の波
手作り布製の手提げバックを愛用しています。京都の一澤帆布製。堅牢でシンプルさが気に入って40年近く使っています。いまは3代目。その一澤でお家騒動、製造もストップとか。その昔 ガラスのあるしもた家、奧でひっそり縫製する職人の姿をみました。昨年、店には品数が増え、観光客でごった返していました。メジャーになっていたのです
☆ 目ざめたネコヤナギ
日だまり庭 意外なところで春をみました。家人が活けおえたネコヤナギ バケツの中で芽をふいていたのです。カラをのこした銀ねずの花芽、それは春をよぶ小鳥のように見えました。枯れかかっていたこの小枝 ひそかに春を蓄えていたようです(060228)
☆山頂はモノクロの世界でした
もう新芽の季節かな きのうひさしぶりに山道を歩きました。いつもの仲間たちと陣馬山でした。台地のような低い山ですが この日の山頂は雪、ガスにつつまれ富士山も望めない。雑木林の黒い幹 枝がゆれるのは黒い烏のしわざ。木の芽はまだでしたが 一帯は墨絵を見るようでした。山はまだ冬でした。(060224)
☆ 「ガセネタ」ですか
「あれはガセのようです」 他紙のトクダネに、くやしまぎれに つい弁解したものです。電話の向こうで怒るデスクを こんな一言で宥めて、反証さがしに駆けずりました。「ガセネタ」と聞いてあのころを思い出します。真偽のほどはともかく 時の宰相が国会答弁でつかう言葉でないことだけは確かです。
☆ 利便とひきかえに
ちょっとショックですが、わが家の南面に五棟の住宅が建つようです。眺望が奪われるうえに 日照も心配になってきました。開発が進んでやがてはと覚悟はしていたのですがー。「しょうがないか 40年 景観を楽しんできたんだから」。そう慰めながらも 「高さ制限」「日陰規制」など建築用語のページをくっていました。(060213)
☆ 3度目の雪化粧
この冬 3度目の雪でした。明け方 響いた音は早起きの人の雪かきの音でした。道の雪はすっきり消えてました。雪には縁がなかった瀬戸内育ち いまだに雪にあこがれます。雪国の人には とんでもない と言われそうですがー。雪をかいていた方も東北出身でした。
☆続スバル360
「あのとき 貴兄は免許取り立て、車ラッシュの夜の中野坂上交差点 そのど真ん中でエンストして立ち往生、酔いが一気に醒めたことを思い出します」。その昔 淀橋署(現新宿署)に詰め、警察まわりをしていた他社の旧友からとつぜんメールが届いた。いや 驚きました。まだ”生き証人”がいたんです。なつかしくもあり インターネットの伝搬力のすごさをあらためて教えられました。
☆ なつかしい車 スバル360
本屋でミニカーを買ってきた。1960年代 わがやの足だった「スバル360」。駐車中に軽々移動させられたり、トラックに接触、すっ飛ばされたこともある軽乗用車。それでも名車、通勤に、買い物にあえぎながらも急坂を運んでくれた。乳母車かわりになじんだ息子から、「本屋にあるよ」と教えられて再会した。
☆ 続 世界遺産の暮らし
雪の白川郷は夜祭りのようなにぎわいでした。通りの店さきにたちどまる観光客、ライトアップされた民家に向けてカメラとデジカメが並ぶ。懐中電灯をたよりに村のはずれを歩いてみました。雪の壁に灯りがみえる。ほこらのなかでちいさなお地蔵さんがわらってました。やっと村里を感じました。
☆ 世界遺産の暮らし
駅近くからバスが出ると聞いて白川郷をめぐるツアーに急きょ 参加しました。郡上八幡の清水 永平寺の冷たい長廊下 白川郷の夜景。厳寒覚悟の参加でしたがそれが案外 ぬくもりが感じられる旅でした。ライトアップされた合掌造りからちょっと外れた合掌造りの集落、そこはモノローグの世界。ほのかな灯りに 名もない暮らしが想われれました。(1/22)
☆ 小泉さんのふるさと
スイセンをみながら山にのぼってみないかと誘われて三浦半島の大楠山に行ってきました。原子力空母の寄港地と小泉さんの実家がある横須賀。低山ながら急さかの道 里山の道 川の飛び石を辿る道 変化にとんだ12`でした。おめあてのスイセンはぽつりぽつり。菜の花畑は勢いがいい。山は太平洋と富士山が望める景勝地、目をおとすとゴルフ場と米軍施設がひろがっていました。
☆ どんど焼き
旧正月の15日夜 近くの稲田でどんど焼きがおこなわれました。青竹のはじける音。あ そうだ きょうはどんどの日だ と注連飾りをもって駆けつけたのですが もう下火。残り火に照らされた子どもたちの顔に季節を感じました。ささやかでもいい やはり残しておきたい年中行事です
☆ 12年前の戌年
捜し物をしていたら12年前の「犬」がみつかった。戌年にちなんで知り合いの彫刻家がつくった置物。いい天気 陽の当たるベランダに置くと命があるように見えました。そのころは現役 わたしも空しく吠えていたっけー。村山内閣が発足、松本サリン事件が起きた年でした。
☆ 冷え込んだ朝
けさはこの冬一番の冷え込み。周辺は霜がはりついて白一色、遠くに見える丹沢の山もくっきり縁取りされてました。ひさしぶり鶴見川にそって小山田を歩きました。枯れ木の枝にアオサギがぽつんと一羽。川面をながめてました(20060101)
|