曇りのち晴


鯰のひとりごと

 ホームページ本文の改訂がままならないので、代わりに表紙の部分におもいつくままに字を連ねています。文字通りのひとりごとです。知人から、それもホームページに組み込んだらといわれて、このコーナーに収録することにしました。「なまず」の近況報告です。   
☆ 過去のひとりごと                         
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☆ 久しぶりに聞く「マル政」

 厚労省汚職事件のからみで「マル政」が話題になる。かって聞き慣れた役所隠語のひとつ。マル秘(秘密)、マル被(被疑者),マル暴(暴力団)、マル特(特ダネ) なども同列。マルのわりには陰気でどこか胡散臭い。「マル政」も国会議員からの”たのまれごと”をいうのだが、ご丁寧にも重要度のランキングがつく。選挙前、検察の動きによっては野党への牽制球にもなりかねない。(090617) 

☆ やはり母親は強い

 近くの総合病院に入院してました。今回は骨折でなく検査入院でした。この日の入院患者は10人、診療先はまちまちだが、そろって おじいさん世代。 それぞれが 元気そうな奥さんに伴われて病室入りした。ふと母親に付き添われた小学校入学の日の風景を思い出した。「ろうじん、こども」とは よくいったものです。(090615)

☆ 眠りを覚ます外来鳥

 明け方 けたたましく鳴きつづける野鳥の声で起こされた。声の主は、高尾山周辺で繁殖するガビチョウ(画眉鳥)。 鳴き声が美しい、と中国では珍重されているそうだが、日本に棲むようになって「侵略的外来種」という汚名がついた。なるほど 小雀たちを追いやり、ウグイスを真似て調子はずれに鳴く姿に野鳥の可愛さがない。(090610)

☆ 里山で会った若者たち

いつもの里山で、めずらしくアメリカ人に会った。都内から自転車でやってきた若者2人。「砂漠が広がるアリゾナ出身、赤土の町でそだったので、日本の新緑や青草が、とても美しく見える」。尾根を抜ける風が涼しい。 若者たちは帰り際、座っていた場所の青草を、なれた手つきで立て直して去った。ハイカーのマナーなんだろうが、自然は、人間をより優しくしてくれるものらしい。(090527)

☆ 朴葉の保存

きのう まだ若葉が残る朴の葉を切り取り保存しました。秋の「朴葉焼き」に備えてのわが家恒例の”しごと”です。  南面に住宅が建ち並んで遠景は失われたのですが朴の木は、いつもの年より花をつけ、枝を大きくのばしました。片隅で咲いた芍薬も日暮れには花を閉じ、朝になるとまた開く。ちいさな庭の草木たちも懸命に風と光をよんでいたのです。

 ☆ 新インフルエンザ

 新型インフルエンザ騒ぎ。対岸の火事と思っていたのですが、きのう 孫の通う県立高校でも患者確認との連絡、とたんに身近なできごとになりました。  ”保菌者”のバレー部員とは昼食仲間だったとか、さいわい電話の向こうの関西弁は「健在」でした。元大学教官(厚労大臣)の動転ぶりをみるにつけ、意外に子どもたちがいちばん冷静なのかもしれないな、とふっと思いました。(090519)

☆ ちいさな白い花

 庭のブルーベリーがちいさな花をつけました。これまではちらりと実をみるだけの存在でしたが、この春 陽当たりのいい場所に移植したことで目にとまるようになったのです。黒い実をつけるこの木の花が  じつは白く可憐な花だとわかってちょっと心を動かされます。こんな思いになるのも、先日、訪ねてきた闘病中の友人との会話からでした。(090428)

☆ 癒しの花

 朴(ホオ)の花がひらきました。庭には不釣り合いな樹ですが、大木に似合わず甘い香りを漂わせるのです。香りに誘われ見上げると、あちこちで開いてました。自宅療養中の友人に声をかけると さっそく来宅するとのこと。 記者仲間、病んでも好奇心はおとろえてないようです。朴は山の雑木、でも花と香りが 慰めになってくれればー。そう願っております。(090424)

☆ 武相荘と日本百選の里山

 となり町の鶴川にある「武相荘」が人気を呼んでます。白州正子・次郎夫妻の終の棲家ですが、このところ 周辺は見学者の列が絶えません。 そういいえば、わが家に近い里山にも、ハイカーたちの列がつづきます。ともに新聞・テレビがとりあげたのが刺激になったようです。白州さんの美意識、残したい自然環境ーとげとげしい世相の中で 触れてみたい”オタカラ”かもしれません。 でも 「忙しくてか 売店の人は無愛想(武相荘)でしたよ」という皮肉な感想だけが残るとすればさびしい。

☆ 「鯰」 10歳になりました

 「鯰のひとりごと」 おかげさまで今月で10歳になりました。2002年に骨折治療の合い間に、なんとなく立ち上げたのがこのHPでした。     それから10年、わが家の周辺も大きく変わりました。自然が後退、道路が広がり、分譲住宅がぞくぞく立ち並ぶことになりました。当然のことながら住民の高齢化が進み、人のつながりもしだいに薄れていくようです。 この十年の得失を考えてみました。(090308)

☆ ユキヒョウ

ひさしぶりの多摩動物園でした。ユキヒョウの3つ子たちの動きにみとれ、オランウータンの知恵に驚かされました。 かって、りんと岩場に立っ孤高のユキヒョウに、冬を感じたものです。
それがすっかり様変わりしていました。人気の「旭山動物園」に刺激されてか、 飼育員たちの見せる努力もうかがえました。北の動物園での公務員の「挑戦」は多摩にまで及んでいたのです(090304)


☆ 連載小説

  ひさびさに新聞の連載小説を読んでいます。五木寛之の「親鸞」。現役時代は、連載小説なんて、と敬遠気味、紙面の無駄遣いだ、と”敵視”した時期もありました。 読み始めたのは年齢のせい?いえ 面白いからなんです。空白の親鸞の青年時代を巧みに描く筆さばきに作家の力量をみてます。それに山口晃の挿絵がさりげなくていい。連載小説も まんざらでもないと思うようになりました。(090218)


☆ とうきょう五輪

 近くにある運動広場で、りっぱな横断幕が風に震えていた。「日本でオリンピックを」と染め抜いた五輪誘致のキャンペーン幕。先日 環境最優先、都民の支持率60%などを盛り込んだ開催計画書が公表された。知事が叫べば叫ぶほど反応は冷ややか。横断幕のかわりにベンチのひとつでも というのが庶民のホンネ。ましてや赤字の補填は税金で、となるとなおさら五輪がかすんでみえる。

☆ さと山の春

  紅梅が咲く陽だまりでタンポポと木瓜が花をつけてました。枯れ葉の丘陵にやっと春の色です。「木瓜は放春花ともいうんだよ」。地元の人に教えられました。花で季節をよんでるんですね。 そういえば この「小山田」は、考証学をきわめた国学者小山田与清の出生地でした。ちいさな草花が、江戸時代の夢まで見させてくれます。(090205)

   ☆ 立春大吉

きょうは「立春」。暦の上では またひとつ冬を越しました。京都に住むPCの友人から春を告げるバラの花束が届きました。グリンテイカードなので香りはありません。    でも添えられたメッセージから ふた冬まえの愛猫の死をのりこえ、ほっと迎える春の喜びがつたわってきました。苦しさや悲しみは ひょっとしたら 冬の”季語”なのかもしれません。いえ そうであってほしいのです。
   
   ☆ わが町 昨今

 元気かな、と友人からのメール。Webを見てたのだが、改訂してないので”異変”か と心配してくれたらしい。昨年は記録的な豪雨、    ことし早々 老人病院で死者がでる流感騒ぎ、ともにわが町のことでした。警告をかねての大報道、街にマスク姿が目立つようになったのがその成果か。    この2年間かかわってきた「文学散歩地図」づくりも大詰めです。1日からのオマケの展示会の開催準備に追われる日々です。

   ☆ いまどきの建て売り住宅

 隣接地で住宅建設がはじまって、いま風の家づくりを観察することになった。そのスピードのはやいこと、電気ドリルと釘打ちの機械音が響いて、あっという間にロフト付きの建て売り住宅が。 軽い資材を組み込む手軽な工法、職人の技も必要ない。庭の桜の幹に円くうがった穴がある。2年前からはじまったアオゲラの住まいづくり。この夏はどうなるのかな。(090115)

☆ かわる里山の風景

 近くにある里山が、「日本の里100選」に選ばれました。A紙が全国2000の候補地から選んだ100カ所の里山のひとつ。いま里山ブーム、草深い道で、何人もの人と出会うようになった。 珍しい草花が消えて、歩き人の落とし物も見かけるようにもなった。この選定を機会に、新聞、テレビを通じて普及活動、ツアーも企画していくという。いやおうなしに田舎の風景が変わっていきます。(090105)

☆ 新年おめでとうございます

 おだやかに明けました。ことしも近くの神社への初詣でスタートです。かっては新聞各紙の読み比べからでした。いつの頃からか神社詣でが恒例になりました。 無味乾燥な”缶詰記事”よりは 境内でいただく甘酒に癒されるようになったからです。新聞業界も赤字続きとか。知人からの賀状で知りました。(090101)

☆ この国の貧しさ

  「派遣切り」が悲しい。仕掛けたのは増収増益にわいていた大手企業。この間に内部留保は倍以上にもなった。しかし派遣切れとひきかえに株主配当は維持していくという。 寒空に貧しく放り出しても悔いない非情な経営者たち。非情どころか、そのツケを自治体に、いや税金でまかなわせようとする心根がいやしい。この国 どうなってるのー。(081225)

☆ いまどきの住宅づくり

 隣接地で工事が始まって、建て売りの家づくりに関心をもつようになりました。造成工事は孫請けの監督が若い2人を怒り、励まして始まった。豪雨に祟られ4ヶ月がかり、社長は「採算割れ」と嘆く。 基礎工事は外国人部隊で。手よりおしゃべりが忙しい。水道はいまどきの若者を伴った町の水道屋さん。親方の怒声はとぶが、仕事ははかどらない。 この半年 身近に”いまどき”をみてきました。(081219)


☆ こだわりのリンゴ

 いつでもいいですよ、と頼んでいたリンゴが届いた。歯ごたえがあって甘い。元エンジニアが丹精ををこめたこだわりの林檎だ。この知人 定年を待って弘前にUターン、種類のちがう10本の樹を守り育てているという。 いわば趣味の林檎づくり。だから収穫もお天気と林檎の熟れぐあいをみて1個、1個だという。”ものづくり”にかけた知人の生き方が時にうらやましくもみえる。(081202)


☆ ちいさい訪問者

 朴の枯れ葉が庭をうずめます。秋が深まってきました。いつになく遅い紅葉です。枯れ葉の庭に、2匹の子猫がひょっこり姿をみせました。逃げ足の早さからノラの兄妹らしいのです。 しろい猫は「エプロン」、もう一匹には「トラ」と名付けました。飼ってやりたいのですが先行きを考えるとそうもいかない。ここ当分は、ガラス戸を隔てての”交流”になりそうです。秋の日のひとこまです。(081116)

☆ 秋みつけた

 久しぶりに東京駅周辺を歩きました。鉄鋼ビルや中央郵便局が小さくみえます。時計が外された煉瓦駅舎のなんとわびしいことか。秋はみつかりませんでした。翌日、 詩人八木重吉のふるさとの相原を歩いてみました。熟れた柿の実や咲き競うコスモス,折よくであった寺院の縁日にやっと秋を感じました。やっぱり わたしには田舎暮らしが合ってるようです。(081029) (

☆ やっと”解放”

 騒音と通院 やっとのことで この二つから解放されました。4ヶ月にわたった宅地造成工事はきのうで一段落、重機の騒音も止みました。 もう一つが骨折治療の病院通い。小指の曲がりはいまひとつですが 生活に支障なしということで通院から解放されました。 ふっと見渡せば秋です。深まる秋をたのしみたいものです。(081020)

☆ にんげん 万歳

 隣接地での宅地造成、今月末でやっと完工のようです。雨の日も風の日も4ヶ月間、パワーショベルが唸りをあげてました。わが家にとっては 眺望も風通しも遮られる”めいわく”工事。でも 雨にも負けず働く下請けの若者の姿や若い現場監督のみごとな采配ぶりを  みるうちに感動さえおぼえるようになりました。にんげんって とてもすばらしいんだ。

☆ ノーベル賞

 日本人研究者4人の受賞。ひさびさの朗報でした。基礎研究の分野だったのがいい。とまどい、照れる受賞者の顔がいい。それにひとりを除いて東京の著名大学OBでなかったのもいい。地道な努力が「暗い」と皮肉られ,実用や結果だけが評価されるいまの世相。 今回の授賞は成果主義ニッポンへの「皮肉」といえないだろうか。結果をもとめるに急いではならないということでしょう。(081008)

☆ 里山歩き 再開

 秋晴れに誘われ里山を歩きました。ひさしぶりの谷戸は、やさしい色に染まっていました。畦道で蝶を追うご同輩にも出会いました。先日から地元主催の里山ガイドのボランテイア養成講座に参加しています。自然や歴史などの知識を土曜日ごとに得ています。 いつもより秋が待ち遠しくなりました。

☆「中身」がかわらなきゃ

 福田首相の突然の辞任で自民党総裁選の幕が開いた。「刺客」「小泉劇場」で桟敷席も踊った前回。そのツケは大きかったはずなのに、こりもせず「茶番劇」が始まる。 役者はそろった、後はメデイアがとびつくキーワードが欲しい、というところか。かって リ事件で退陣した首相の後任に強く推された硬骨の政治家がいた。 「本の表紙を変えたって中身が変わらなきゃ意味がない」(伊東正義・元外相)。こんな一言を残して座をけった。やはり 解散あるのみですか。(080904)

☆ 記録やぶりの豪雨

 豪雨騒ぎで、つぎつぎ見舞いの電話をいただきました。あわててテレビをONにして、私が住む町で1時間110_の降雨量を記録したことを知りました。たしかに明け方の雨は異常でした。 「30−50_:バケツをひっくりかえしたような」「50−80:滝のような降り」「80以上:恐怖感を伴うようなー」。この気象庁の雨量定義からみると、「110」は、とんでもない数値だったのです。 わたしたちが鈍感だったのか、それともニュースが誇大だったのかー。お電話やメール有難うございました。あらためて人との絆を自覚しました。(080830)

☆ 芙蓉の花
 明け方、稲光と雷鳴がとどろきました。110ミリの大雨記録だったとTVが伝えました。さいわい被害はまぬがれました。この夏はじめて芙蓉の花をみました。シーズンが終わって店じまいした近所の草花屋さんの垣根で花をつけてました。 人がいなくなった小さな店は、たちまち夏草に覆われていました。垣根の芙蓉は 手いれされて並んでいた草花を あざ笑うかのように”婉然”と咲いていました。そういえば 酔芙蓉が似合う「風の盆」はもうすぐなんですね。(080828)

☆ 北京五輪終わる

 なんだか空しさがのこるオリンピックでした。日本選手団、わけても前評判が高かった星野・柳本・反町監督らの「○○ジャパン」の敗退のせいだけではありません。 ホスト・中国の虚飾の設営とその規制、厳戒ぶりにも興をそがれました。でも救いもありました。日本ではマイナーとされる種目での健闘と入賞でした。北京五輪は、マスコミや世評による「額面」と「実際」の”落差”の大きさを改めて感じさせてくれました。(080817)

☆ 小指の役割

 両掌で水をすくって顔を洗いたい、両手でキーボードもうってみたい、うるさい蚊も両手で仕留めたいー。小指の骨折から40日たちました。たかが小指と思ったのが間違いでした。 ふだんは目立たない存在ですが、実はしっかり裏方を務めていることを教えられます。でも小指ひとつでこの始末、難病や障害のある人たちの厳しさを思うと、両手でーは”贅沢な悩み”なのかもしれません。(080816)

☆ 暑中お見舞い申し上げます

 暑いですね。いかがお過ごしですか。近くの丘陵の木陰で涼風に、と思うのですが、いまは”足止め”の身です。オリンピックをめぐる空騒ぎと家の隣接地で進む造成工事の重機音、暑さを掻き立てます。 あわてず騒がず ここは静かに ウチワ片手にスリーラーものでも読むことにしました。HPへのアクセス件数 5日に21万件を超えました。ご訪問いただき ありがとうございます。(080805)

☆ ゆがめられたオリンピック

 1936年8月1日、ベルリンでオリンピックが開かれた日です。独裁者・ヒトラーは、この五輪で ユダヤ人の迫害も領土拡大の野望も押し隠して「平和な国」を演出、世界にアピールしたのです。 この五輪が 第2次世界大戦への「狼煙」だったと世界が知ったのはずっと後でした。いよいよ北京五輪がはじまります。しゃにむに覆い隠して「愛国心」をあおる姿に、70年前が重なってみえてきます(080801)

☆ 2000年の命つなぐ大賀蓮

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今朝は早起き、近くの蓮田に急ぎました。早朝にひらく古代蓮の花を見るためです。この蓮のルーツは2000年も土中に埋もれていた三粒の種子。ここに移植されて、この夏も、雑草を押しのけ 背を伸ばして花をひらかせてました。 町田市が地元農家に蓮田の管理を委託してきたのですが、経費削減で、いまや荒田寸前。もともとは野生種、草田の中で咲いた大賀蓮に、逞しさと健気さを感じました。(080730)

☆ 痛みはじめた薬指

 指のなかで薬指の存在感は薄い。先日、左手の小指を骨折しました。一ヶ月の固定で痛みは消えたのですが、代わりに無傷の薬指がしくしく痛みはじめました。小指と一緒に包帯で固定されていたので薬指が小指に”同情”したのかなー。    実は五指のうち薬指だけは腱が両隣の指と連動しているんだそうです。ケガをして ささやかな体のメカニズムに気づかされました。(080723)

☆ ひぐらしの季節

 真夏の蜩が鳴いています。自宅蟄居の身にはいっそう、せわしく聞こえます。先月 自転車事故で膝かしらと小指を痛めました。サンダル、バイクに続く3度目の骨折。    「残りは三輪車しかないね」と仲間たち。原因は,、歩車道の段差の水溜りでした。この自転車なら大丈夫と判断した一瞬のミスでした。「痛み」で、またひとつ覚えました。こんどは注意して走りますー。(080723)

☆ 増殖したヒラメ教師

その昔 教委や校長らの「上司」だけに目を向ける教師たちを「ヒラメ教師」と皮肉った。ヒラメはますます増殖を続けて、いまやあたりまえの現象だと聞いた。 文部省は、ひところ教員組合つぶしに力を入れた。教師の上昇志向をくすぐることで分裂や離散の効果をあげてきた。大分県での教員の採用・昇任をめぐる汚職事件、底流に、 行政が育てきたこんなヒラメたちの存在を見落とせない。「閉鎖社会の特異現象」というだけでは片付けられない。(080713)

☆ 眠っていた先輩
 昼間、とつぜん睡魔に襲われ、居眠りしてしまう病気があるのを最近、知りました。「ナルコレプシー」。その昔、鉛筆を握ったままで熟睡する先輩がいた。 締め切り間際、緊張した「デスク席」でも居眠り、仲間からは「大物」と思われていました。「演説する社長の前でも眠りそう。”病気のせい”という診断書でも書いてくれる大先生いないかな」と相談をうけた。 なに冗談を、と聞き流した。その先輩、社の覚えめでたく後にプロ球団社長に転任、リーグ優勝に導いた。病気か大ものか、いまだにわからない。(080713)

☆ コンサートの思い出

ソプラノ歌手と作曲家、2人3脚で全国行脚してきた亀山法夫・勝子夫妻が さきごろ 自作曲だけのCDをリリースした。 出会ったのは20年前、聴いて感激、町田に招いて、みんなで手づくりのコンサートを催した。歌曲、童謡、法夫さんが曲をつけた子どもの詩を勝子さんが会場いっぱいに響かせた。こんなオリジナル曲はもう1000曲を数えたという。 サントリーホールでも歌われ、新作CDにも収録された。CDで聴く ひさしぶりの亀さんたちの歌に、じっくり年輪を感じました。(080709)

☆ おもしろい街

 建築家隈研吾さんが近著に「いま 東京で面白い町と問われれば躊躇なく町田と秋葉原と答える」と書いていました。隈さんは東京ミッドタウンなど都心の街づくりに関わる建築家。   リアリティとヴァーチャリティの唐突な接合がとりわけ魅力的だ、と書く。異質なものが表向き、並存するのが「都市」だという。ベットタウンとして造りかえられた町田もすっかり面白い都市になったという。 ヴァーチャルを手がける建築家の夢と皮肉なのかもしれない。(080701)

☆ 波紋広げた暴行事件

 深夜の東京・立川で酔った新聞社支局長がすれちがった飲食店主に暴行、ケガさせる事件があった。「お粗末な男」「新聞記者の驕り」など ネットの世界でも批判や論評が相次ぐ。 マスコミこぞっての報道で世間を大きく騒がせる。現役時代、こう書くと こんな非難も、そしてそのときにはー、面倒な記事を書くときには、こんな思考をめぐらせた。いつの間にか身についた記者の「保身術」。 今回の件で 瞬間、波紋の広がりに思い及ばなかった被疑者。支局長どころか新聞記者としてもつとまるはずがない。(080630)

☆ 秋に備えて朴葉とり

  つゆ寒とでもいうのでしょうか きょうは雨に降られてハダ寒い一日でした。思い立って まだ青々した朴の葉をとりこみました。      秋の日の朴葉焼への準備なのです。 これが意外に面倒。一葉づつ水洗いして蒸籠で蒸した後で乾燥させるのです。こればかりは わたしの仕事。わが家の周辺からみどりが消えていきます。 いつまでも続けたい我が家の「歳時記」なんです。(080625)

☆ さまざまな人

 新築の家とHVの大型TVが「得意」な知人がいる。大型テレビはもう珍しくないのだが、つい自宅に呼んで放送録画を見せたくなるらしい。でも 手狭なリビングで長時間、大型画面と対面する苦痛を思うと、 ナマ返事になる。家庭でのテレビは、くつろいで気ままに見られるのがいい。大型画面でみるならホールか映画館がいい。この招き 善意か 人恋しさからかー。世の中 さまざまな人がいて面白いのだがー。

☆ 学校が 教育が心配です

 東京・杉並の小学校、屋上天窓から児童が墜落死した。狭い都心の学校 たまには野外でのびのび授業をしたい、という先生の工夫が「裏目」にでたようです。いま公立学校では創意工夫はタブーだとされます。 教育長もさっそくコメント 「屋上での授業は不適切だったようで」、暗に先生の不手際を指摘してました。しかし施設管理の当事者は教委の筈。有料学習塾を学校に導入するのに熱心な教育長らしい非教育的発言でした。(080620)

☆ 身勝手なんですかね

 岩手・宮城内陸地震、わたしの住む丘陵地もぐらっと揺れました。わがやの周辺では このところ慢性的な揺れが続いています。 隣接した崖地で、宅地造成工事が始まったからです。 2台の大型パワーショベルが谷間を埋めていきます。被災地に投入された重機に威力を感じても、間近かで動く大型重機は、環境破壊の「モンスター」に見えてきます。 機械や道具も、用途や立場によって違って見えてくるんですね。(080610)
   
☆ 「偽装社会」

 凶悪な事件が続く。ひと昔前、捕まった犯人はそれらしい顔つきでした。影を廃した警察の鑑識写真でみせられていたせいかもしれませんが、 ともかくも顔つきであるていどの危険は避けられました。今回の秋葉原事件、テレビの一報は「犯人は暴力団員」だと伝えました。しかしそれがごく普通のわかものとわかって2度  驚かされた。「不確定の時代」を あらためて意識させられました。(080613)

☆ 里山のいきものたち
汗ばんだ日 小野路を仲間と歩きました。その里山は、にぎわっていました。谷戸のオタマジャクシは元気がいい、かたわらで野太い声で鳴き交わすのは親蛙だろうか。 ウグイスが心地よく鳴く雑木林で、「ケーン」と野生の雉の声が切り裂くように響きます。色濃く咲きそろったバラの広場、草むらでことし初めてアオダイショウに出会いました。 それぞれに夏を謳っているようでした。(080526)

☆ 東京歩きがおもしろい
 「江戸・東京歩き」に参加、皇居周辺を歩いてきました。霞ヶ関や皇居周辺は、かって仕事の主戦場。 知りつくしているつもりでしたが、 ゆっくり歩くといくつもの発見がありました。お濠に清水の井戸跡が残っていたり、桜田門外の変の
井伊直弼の屋敷が桜田門の直近だったのですね。東御苑の池でヒメコウホネという水花もみました。東京がおもしろく見えてきました。(080518)


☆ 辺境の地の悲しみ

中国・四川大地震。死傷者5万人をこす大災害になった。被災地は少数民族が多く住む辺境地域、ささやかな 暮らしが一瞬にして瓦解してしまった。悲しみが胸をうつ。 その一方では 外国からの人的援助に待ったをかけ、国防軍の救援活動を大写しするよう要請する北京官僚。ひとごとではないような気がしてきた。

☆ 「雑草という名の植物はない」

「花オンチ」とでも言うのでしょうか、いまだに草花の名には疎い。つい先日も湿地に咲く花をみて、菖蒲かカキツバタかな とつぶやいたら、知らない人から 「いえ葉の形からイチハツですね」と返された。いや ご親切に。いま里山は 野草や草花の観賞族でにぎあう。 ただ土の道を歩いて風を感じるなんてのは時代遅れらしい。そういえば 「雑草という名のー」と言ったのは昭和天皇でした。

☆ ことしも朴の花が咲きました

 雨上がりの庭に甘い香りが漂っています。朴の木がことしも白い花をいっぱいつけました。もともとは里山で育つ雑木、場違いな庭に移って40年経ちました。夏には陽かげを提供してくれ、秋の落葉は朴葉焼の材料にもなります。わがやにとっては欠かせない存在です。 きょうは憲法記念日、ホウの花が法の花に思えてきました。さりげなく 護ってくれるのがホウの精神でしょうか。(080503)

☆ 「無責任」という名の責任者

 福田首相の「(物価の値上げも)しょうがない」の発言が物議をかもした。本音だろうが国を動かす総理の立場ではお粗末なひとこと。「(イラク派遣の違憲判決)そんなの関係ない」と切り捨てたのは防衛庁高官。はやりのギャグに言寄せての発言だったと言い換えた。   国民をみくびっているのだろうか、当事者意識に欠けてるのだろうか、この国は どこに向かうのだろうか。(080501)

☆ まちだ文学散歩マップ

 この1年 関わってきた「町田文学散歩マップ・鶴川篇」(町田市民文学館編)がやっとできました。A3判・2頁のささやかなガイド紙です。「へーこんな人がー」掘り起こしを楽しみました。でも この地にとどまった文人の多くは戦中戦後の疎開派、文化の香りも残さないいまま足早に立ち去っています。 まちだの”市民文化”は、まだ「文化包丁」や「文化住宅」の域を出ません。「文化」が空しく響きます。ことしもまた 地域を広げた文学マップづくりに関わていきます。(080426)

☆ ブレーキが効かなくなったとき

  名古屋高裁が自衛隊のイラク派遣に「違憲」の判断を示した。暴走気味の海外派兵論議に、「憲法」というブレーキの所在を確かめさせてくれた判決。団塊世代の裁判長が退官間際に書いたのだという。先日、東名高速での脱輪タイヤによる事故。直撃された観光バスの運転手さんが亡くなったが、その直前までブレーキを踏み続けて 乗客の命を救ってくれた。 「ブレーキ」があるからこそ 安心できるのだがー。(080418)

☆ 里山のヤマザクラ
 
里山に残った樹齢300年と伝わるヤマザクラがこの春もみごとな花をつけました。先日 知り合いの彫刻家に誘われて芝の増上寺に。折よくこの日は徳川家霊廟の特別公開日。       桜散る霊廟は、東京タワーの足下、遠目には将軍達が膝まづいているように見えます。「タワーもホテルも元は増上寺境内の墓所でした。それがー」案内の僧侶はくやしげでした。境内をうずめていたヤマザクラもいつのまにか町のソメイヨシノに変わってしまったということでした。写真はわがやの庭で咲いたヤマザクラです。(080407)

☆ ひそやかな春

 棚田のヤマザクラが気になって里山に行ってみました。老樹は 目ざめたばかり まだ固いつぼみでした。でも分け入った丘陵では ミツマタ モモ ダイコンバナ 菜の花が 曇り空ににじんで春をうたってました。芽をだした春ランを見つけた友人は        そっと枯葉をかけて通り過ぎました。

☆ 「税制」の原点復帰

 税収、配分を定めた「税制」が国会で大揺れです。あおりで ガソリン値下げも浮上してきました。議会制度は税制の決定権をめぐる国民の戦いから生まれたとされます。税制の主役はもともと国民の筈だったのです。なのに官僚や政治家が気ままに運用、あげくは乱費やドロボーまがいが横行してきました。 このさい 解散、総選挙も原点復帰への代償と思えば重くない。(080330)

☆ 春がもどってきました

 この2,3日 寒気にふるえていました。きょうは一転春の陽気です。庭の木々も蕾をふくらませ、東京のさくら開花宣言も きょうだったようです。わが家の庭の日だまり 来春も期待できるかな。凍結されていた南面の空地に、住宅が建ち並ぶことになった。(080322)

☆ 野鳥の鳴き真似 哀れ

 けさ キョキョキー 鳥の奇声で目覚めた。ツグミの大きさで、ヒヨドリに似たガビチョウでした。中国から持ち込まれ野生化した外来鳥、新参ながら庭の野鳥を追いかける”暴れん坊”。野鳥の鳴き真似が得意だそうだが、聞こえてきた鳴き声は 声が大きいだけでリズム感もない。生きる智恵なんだろうか、もの真似のさえずりにさびしさがのぞきました。いつ 自分の歌を響かせることになるのだろうか。(080310)

☆ 2人の作家展
 暖かい日の新宿。御苑で梅の開花に出会い、オペラシテイで2人の作家展を見てきました。彫刻の舟越保武と多才な作家池田満寿夫の作品展。作風も生き方も全く対照的な2人の故人。 どきりとするモチーフと独特の色づかいを見た目には 舟越の静謐な聖女像はきわだって優しく映ります。池田は仏教に、舟越はキリスト教に、帰依した心が作品を感動的なものにしているようでした。(080222)

☆ こんどは締め付けですか

 学習指導要領が大きく変わる。かって改訂を取材した立場での印象は、「文科省の運転、無策でやはり荒っぽい」。過去の改訂も国際テストの成績が悪いと「しめつけ」、受験苦が問題になると 指導要領を「ゆとり」路線に。行き先が決まらないままに改訂ごとに緩急の繰り返し、”乗客”は不安でならない。 おそらく文科省は「教育は百年の大計」「審議会の意見を反映しただけ」と無責任な答弁を繰り返すのだろうが。(080219)

☆ 雪の下には福寿草
 この冬 三度目の雪でした。早朝 ご近所さんの雪かきの音で目ざめました。しぶしぶ3センチほど積もった道路の雪かきです。意外に新雪は軽くて作業もはかどりました。ついでに庭の植え込みに水をかけるとひょっこり福寿草。しっかり春を刻んでいたのです。早起きも悪くないや、雪国育ちのご近所さんの智恵に感謝しました。(080211)

☆ 国益ってなんだ

 国益 国威を守るために個には容赦ない。今回の餃子中毒事件、否認してきた中国も、一転 「個」の不始末として早期決着を図る構え。 かって 日本も お国のために、と民を戦争に駆りたてた。繰り返したくない暗い過去。そんな歴史が教科書からも薄れていくのがなんだか悲しい。(080208)


   ☆ ある がんこな奴

 きのうは雪でした。ジャンプが得意だった友を思いました。その前日に彼は旅立ったのです。会津の血をひく頑固な奴、そのくせ憎めない好人物でした。20年前、老舗の同族会社で労組を結成。「ゼミは労働法だったんでね」。会社からは敬遠された彼の葬儀には、”伝説”を聞いた若い人たちが駆けつけてくれた。遺影の笑顔がほこらかに見えた。明ければ真っ白な雪でした。(080201)

☆ 青梅丘陵雑感

 誘われて青梅丘陵を歩きました。長く続く杉林の間の道には雪が残って、冷気が頬をさします。花芽の様子から花粉の飛散も間近のようでした。その丘陵の主役はながく地元を支えてきた杉林。人手がかかって値段が安い。いまではやっかいもの扱いだ。谷間にみえた杉材のベンチとテーブル。地元の農高生たちが林業科の廃止を惜しんで観光客用につくったのだという。どこか淋しい風景でした。(080126)

☆ ざら紙の写真集

 手許にざら紙の一冊があります。50年前、出版された土門拳の「筑豊のこどもたち」。先ごろ、のぞいた土門拳展、思い出して本棚から見つけだしました。報道写真 リアリズムって、こうでなきゃと感動した写真集でした。額装されて展示された原画からは あの感動は伝わってきません。そまつなざら紙にこそ 閉山炭坑の苦しみが焼き付けられているようでした。(080124)


☆ 「エコ偽装」

 再生紙の「エコ偽装」が浮上して、通産 環境庁などの責任追及が急だ。手間がかかって 紙質がわるい、そのうえ古紙も足りない。技術も体制も整わないままに笛をふいてきたのはこの官僚たち。受け入れ偽装した製紙業界は責めをおうべきだが、ほんとうに問われるべきは「霞ヶ関」ではないのだろうか。(080118)

☆ 冬の野鳥たち


 赤い烏帽子だと「アカゲラ」ですが この鳥には帽子がない。 冷え込んだけさ、ひょっこり庭に飛んできて柿の木をついばんでいました。餌の虫を探していたのでしょうが いやその熱心なこと。カメラを向けても動じるふうにない。この冬 海をこえてやってきた渡り鳥なのかもしれない。がんばれ 冬の野鳥たち。(090108)

☆ やはり野におけー

ひとめで見渡せる狭い庭なのにサンダルをつっかけて庭に出てみました。このところの陽気に誘われてか垣根のキンカンが葉陰で色づいています。桜の木の根元では水仙と野生ランがひっそり、でも元気よく花をつけていました。雑草が幅をきかす庭では、意外や草花が生き生きと見えるのです。 やはり野におけレンゲ草ということでしょうか。(080110)


☆ 師走の都心でー

 ひさしぶりの上野界隈でした。町にいつもの活気がない。寒空の公園ではものうげに歩く人たちをみました。偽や嘘がまかり通った虚年の年の瀬。美術館でみたムンクの画が、いまの世相を映しているようにも思えます。夏に干からびていた窓辺のカニシヤボテン、この冬も忘れずに花をつけてくれました。(071224)


☆ たまには町を自転車でー

 そう思ったのが間違いでした。夕方の都道、「無灯火」で警官に職質されました。それも友人からもらったマウンテンバイク、あいまいな対応に一時は「盗品」の疑いも。身分を証明するものもなく 自宅は留守電 だったので、若い警官も困り顔。ほどなく神奈川県での防犯登録が確認されて、お互いほっと 笑顔をかわして別れました。それにしても不用意でした。(071215)

☆ 師走の山で

 HPの改訂、怠けていました。一昨日に続いてきのうも高尾山に行ってました。晩秋の高尾を愛でるなんてことより たまたま仲間に誘われて出かけただけなんです。 それでも名残の紅葉に出会え、白い富士を望めたことが収穫でした。この2日間で36000歩、歩いてました。(071212)


☆ ことしの秋

 わが家から見える丘陵が 色づきました。この2、3日で せまい庭は、わらじほどもある大きな朴の葉で占められました。ばらりと舞い落ちる枯れ葉は 冬枯れの枝にとまったジョウビタキたちを驚かせたようです。 紅葉の丘に向かって飛び去りました。落ち葉掃きをあきらめて当分はこんな風景を楽しむことにしました。ことしの秋は 冬と一緒にやってきたようです。(07.1128)

☆ 踏み外したマスコミ人

アクセスが19万件を超えました。民主党小沢一郎代表の辞意劇は2日間で幕を閉じた。自公民連立話はくすぶり続けるままでの決着、後味の悪さが残る。 この騒ぎ、火付け役は読売の渡辺恒雄氏だという。 改憲を急ぐ社論だけでは飽きたらず中曽根元首相らと組んでの”政治介入”。趣味の野球ならそれもご愛嬌、政治の世界で、古典的な政治記者の手法が通用しなかったのがせめてもの慰めでした。(071108)

☆ドラゴンズの優勝

きのうは日本シリーズのTV中継を楽しみました。優勝すれば 社員に「お年玉」 という甘言で30年ほど前、トラからドラフアンに宗旨替えしてました。74年の優勝の年は金権批判で田中首相退陣、 82年は教科書騒動、88年は天皇の吐血。事件を呼び込む中日の優勝に舌打ちしたものです。日本一になったことしも安倍内閣が倒れる政変の年でした。でも改革へのきっかけになるならそれもいい。

☆ 一瞬の不注意

 きょうは真夏の空です。先日 高尾山の下りリフトで登山帽が風に飛ばされました。同行の友人が宅急便で届けてくれました。谷間に落ちた古帽子を探して拾ってくれた係の人、それをわざわざ 駅まで受け取りに行って、送ってくれた友人。一瞬の不注意が 迷惑の輪をひろげました。やっぱり人間 一人では生きていけないんだな と大げさに考えました。(070623)

☆ 庭のゆすらうめ

 庭先のゆすらうめが ことしも枝いっぱいに赤い実をつけました。子どもの頃 口の中でほのかな甘味をたのしんだ実なんです。ヒヨドリに先をこされてはと 熟れた実だけをきょうもぎました。口にいれると甘酸っぱい。結局 「果実酒」として保存することにしました。(070603)

☆ 居直れ 憲法

 いま 政治の世界では居直り、居座り、耳かさず が幅を利かせています。主役が権力者なら国の先行きが心配になる。 それにおじいさんの「私恨」が重なると なおさら始末が悪い。その昔街には抗議のデモの列が続きました。「抵抗勢力」も 古い話になってしまいました。いま本当に居直って欲しいのは憲法なんですがー(070517)

☆ のこった「急制動」の戒め

 掌の擦り傷もやっと癒えました。つい先日 自転車で走っていて転倒、鋪道に投げ出されて膝と肘と掌にひどい擦過傷、しこたま全身をうちました。風で飛んだ帽子に気をとられ 前輪に急ブレーキをかけたのが原因でした。一瞬、10年前のバイク事故の悪夢をみました。痛々しく残った傷跡は慣性に逆らう危険を教えてくれているようです。でもねー。(070509)

 ☆ フジの花の意外な顔

 葵まつりや源氏物語にも登場するフジ。一見優雅にみえて実は権勢欲が強い植物だそうです。なかでも野生種は傍の樹木に絡みつきながら、陽の当たる林の頂上を目指す性質とか。からまれた木は絞めつけられてやがて枯れ果てます。平安時代に摂関政治で頂点を極めた藤原一族の挿話と思いきや フジの名所 あしかがフラワーパーク園長さんのコラムで教えられました。(070509)
 
☆ 60歳の憲法

 憲法記念日でした。ひさしぶりに憲法の前文を読みました。主権在民、平和主義、人権尊重の理念が「われら」の立場で謳われ、個人の尊厳を尊ぶ「美しい国」が描かれていました。名文とはいいがたいのですが 意気ごみが伝わる達意の文章でした。前文からはそんなに簡単に改められてたまるか、というメッセージもよみとれました(070503)

☆ 初夏の風

 晴れた朝 アオゲラが 桜樹で虫を探していました。まだ幼鳥らしく 警戒心もうすい。新緑のサクラ葉の蔭でコツコツついばむ啄木鳥に初夏を感じました。そういえば わが家の狭い庭もいつのまにか花の季節を迎えてました。そろそろ”脱トルコ” しなければ。 (070430)

☆ どうなるのだろう 4年後の東京

 石原さんが3選をはたして都知事選はおわりました。あまりにもあっけない選挙でした。この間 地元のシニアたちと里山の桜を見歩きました。樹齢5−600年といわれる棚田の老樹、ことしも けなげに花をつけてました。庭のヤマザクラも満開でした。 ことしの花の時期は いつもより長く、散りぎわをまさぐっているようでした。

☆ 春への足取り


 桜にはまだ早い甲州の三ツ峠に仲間たちと行ってきました。太宰ゆかりの天下茶屋は まだ冬の端境期。復元された太宰のへやもひっそり、窓から見えるはずの「風呂屋の絵」風の富士山もあいにく雲の中。
開運山へは融雪によるどろんこ道が続く。野鳥の声を聞きながらの下り道は シモバシラが土を押しあげる穴ぼこ道。不用意に落葉を踏むと足をとられる。 「自然」は ときにはいたずらっぽい顔をみせる。(070327)

☆ さようなら ほのぼの君

 旧聞です。新聞漫画の「ほのぼの君」が 作者病気のため15451回の連載記録を残して終わりました。連載は通算44年、 ほのぼの君は会社の”先輩”でした。入社の頃 先輩は社会面の定位置から 懐かしくてさわやかな風を発信してました。「なんだか気抜けしたような漫画」と若気の至り 毒ついたこともあります。「人は強くなければ生きていけない。しかし優しくなければ生きる価値がない」 佃さんの言葉に感じました

☆ 青梅路 雑感
 きのうは2度目の青梅でした。民家が広くってお寺は りっぱな造り。古くって豊かそうな町でした。吉川英治が居を構え、日本画の玉堂が好んだ山と川がある田舎。山にひろがる梅林は いま花盛りでした。黄色いさんしゅうとミツマタが色をそえてました。お土産は特産のわさび漬の小袋でした。(070316)
 
 
☆ 陽春

 小春日和に誘われ 尾根道を自転車で走りました。延長6キロにおよぶ高台の道。目当ての富士山は雲の内、丹沢山塊はくっきり望めました。河津さくらにウグイスが飛び交います。「曇ってきたな 干してる布団がー」と独り言をいいながら急ぎ足で過ぎたご同輩もいました。(070308) 

☆ やっと読者にもどりました

 わが家の購読新聞は一紙にしました。永年 三紙の斜め読みを習慣にしてきただけにどこか心許ない。一紙だけ 大きく派手な掲載は「トクダネ」だったんだ と判断できたのも読み比べできたためでした。でも一紙だけになると新聞を読む時間が増え、熟読するようになったのです。現役を退いて5年 やっと読者に戻りました。

☆ 紀元前のユーラシアの栄光

 通りがかり、三鷹の中近東文化センター博物館に寄りました。古代ユーラシアの青銅器展が開かれてました。銅鏡の細工の緻密さ 鉢づくりの曲線美 観察眼の鋭さに BC3000年、この地に住んだ人たちの美意識と心意気を感じました。東西文明の橋渡し役を果たしてきたユーラシア、だが いまは その一角で争いがつづく。

☆ 趣向の違い

 春をおもわせる陽気 市内の名木百選を巡っている友人に誘われていち日、町と里を歩きました。 歩くのに目的があったほうがいい、と各地を歩くこの友人は元技術屋。忙しく木をチェックするそばで わたしは樹を見上げるだけ。柊の葉も老いると棘がない ただの丸い葉にー、なにげない自然のたたずまいが大写しにみえてきます。(070126)

☆ アナログ先生の書斎

 エッセイストの故串田孫一さんの書斎が北海道斜里の美術館に移設されるとか。生前 なんどかお邪魔した小金井の自宅のあの書斎。山積みの本の谷間に 赤鉛筆や鋏などが納まった三つのペン立て、当時ではまだ珍しい携帯電話が目をひきました。ワープロも飛行機も苦手の先生、でも この便利グッズには「文明」を感じとられていたようでした。なつかしく思い出されます。(070120)

 あったかい 冬の庭

 風もない暖かい日が続きます。きょうは朝から陽ざしの庭がにぎわっています。一番鳥は2羽のアオジ。ばらばらと舞い降りてきたのはオナガたち。常連のヒヨドリ、スズメも姿をみせました。やや遅れてやってきたのがキツツキ仲間のアオゲラ 桜の幹をちょこちょことかけのぼりました。なんだか 夢をみているような気分でした。
 


☆ シモバシラの氷の花

 ことしの山歩きは高尾山からでした。誘われて「シモバシラ」を見に行きました。シモバシラはシソ科の多年草の名称。冷え込んだ山の朝 この枯れ枝に氷の固まりが宿るのです。幸い出会えました。草むらにバラやユリ、ソフトクリーム風の自然の造形が散らばっていました。実はこの草花 秋に白い花をつけるので いまみる姿は茎の水分が凍ってはじけた「凍傷」だったのです。そう思うと どこか哀れにさえみえる冬の花でした(070109)

 ☆ 美しかった国のお話

 こんな賀状をいただきました。「大真面目に昭和の妖怪に傾倒しているらしい発育不全のアナクロ坊やなら戦後を脱却して向かう先が歴史と反対方向の神国ニッポンあたりになっていても驚くことはありません。ただ・・・」。 学徒出陣世代の会社の先輩からのものでした。岸内閣時代の安保闘争を取材、条約成立に同調する社説に ”抗議”して社を去った社会部記者。あらためて今を考えさせられました。(070101)

☆ おめでとうございます

 2007年 おだやかに明けました。おめでとうございます。ことしは「猪突猛進」に背いて ゆっくり歩んで行きます。いまから 陽だまりの道を歩いて小山田の古刹に初詣します。みなさまの幸せを祈ってきます。ことしもよろしくお願いします。(070101)

☆ 師走 大荒れ

昨夜は雷鳴が轟いて大荒れでした。打って変わって きょうはおだやかに青空が広がっています。この2.3日 体調をくずして 動かず過ごしてました。時ならぬ雷鳴が 「快復」を告げてくれたようでした。おぞましい事件や事故が続くこの師走、雷鳴は大自然からのメッセージだったのかもしれません(061230)


☆ 仲間たちと忘年登山

 ことし最後の山歩きは高尾山塊でした。落葉で埋まった岩場をたしかめながら歩く。高尾は難易さまざまな縦走路があるのが魅力。今回は2つの峠と3つの小山をこえる15`でした。落葉を散らすとそれは冬のラッセル気分、山の上はひんやり あわててヤッケを。その”変化”が楽しい。暮れた山の湯で足の疲れを癒しました。(061222)


☆ 冬鳥がやってきた

 わがやの庭にも冬鳥が姿をみせるようなりました。紋つき衣装のジョウビタキが尾をふるわせてます。ツグミが一羽 梅の小枝で長旅の疲れをいやしているようでした。いつの間にやらもう年の瀬、この時期ばかりは 締切に追われたあの頃が想われます。因果なことです。

☆  有楽町での同窓会

 雨のきのう 数寄屋橋で高校同期の同窓会がありました。歩き慣れてた筈の日比谷の地下道でちょっと迷い、ソニービルでは新製品に目を奪われました。出席者18人 話題の中心は医療費問題。なんだか怒りっぽくなっていたのは歳のせい、いや 政治のせいかもしれません。(061209)

☆  「はじらい」 もう昔言葉かな

 「はずかしい」「はじらい」なんて言葉はもう死語になってしまったのだろうか。党の方針に逆らった造反議員があっさり復党、公正を公約した知事が汚職にからんでシラを切る、家族を公職にとりたて「どこが悪い」と開き直る首長。そして その人たちが”美しい日本”や教育を方向づける。(061203)
 
☆ 西の紅葉 間に合った

 ことしの紅葉見物は紀伊と大和路でした。はじめての吉野山は赤とうす緑に染めわけられ、尾根に沿った山の道は落ち葉を重ねていました。人影もまばら ひっそり静まった大伽藍 いっそう旅情をそそってくれます。高野山宿坊での朝、声明の響きですっかり眠気も覚まされました。ゆく秋が身にしむ旅でした。(06.11.30)

☆ 落ち葉 散り敷く山の道

 半年ぶりに重い登山靴で山道を歩きました。御岳から高岩山を回るそま道を友人と3人で辿りました。散り敷いた落ち葉の坂道は滑りやすい。ようよう 岩場をのり越えると どんと視界がひらけました。遠くに新宿。大山もみえる。友人がいれてくれたコーヒーが ことのほか美味い。歩けるしあわせを 心のうちで山に祈りました。
(06.11.26)

☆ オオタカの飛翔とカワセミをみました

 風が冷たい朝 探鳥会に出かけました。冬鳥たちももどって公園の雑木林はにぎわっていました。紅葉の道を歩いてみたいと先日 いつもの里山に行ってみました。でも丘陵一帯は まだ濃い緑、ススキだけが白く波うってました。それにしても一人歩きのご同輩が目立ちます。問われるままに いつのまにか にわかガイドになっていました。

☆ おやじの背中

 近所の3歳坊やが玄関先に座り込んで破片のタイルの「組み合わせ」に懸命だった。そばでは左官屋さんの若い父親がタイル張りの門柱を建てるのに忙しい。小さな頭にしめたタオルも父親といっしょ。ただのお遊びだろうが 「子は親父の背中を見て育つ」を地でいくような姿に しばし見とれたのは元会社員のわたしでした。(061101)

☆ 学習指導要領の「法的拘束力」

 高校の必修「世界史」の未履修が問題になっています。これまでの行政の流れの中では 文句なしの学習指導要領違反。君が代を歌わなければ指導要領違反と厳しく処分してきた都教委も この事態には ただ だまりこんだまま。だからなんです 学習指導要領は所詮は「きまり」 でしかなかったんですよ、石原さん。(061029)

☆ そんなに急いでどこに行く

 なんだかうっとうしい秋です。いまマスコミを騒がせるのは拉致問題や北朝鮮の脅威、それに親の虐待 汚職公務員など。その元凶は憲法や教育基本法にあるといわぬばかりの政権。そして改訂を急ぐ。禍を右からの追い風に変える政治がこわい。これを支持する波は なお怖い。昨夜、映画「密約」をみました。(061026)

☆ そこは落語の舞台でした

 江戸歴史散歩の2回目は「王子」周辺。陸奥宗光や渋沢栄一らの豪邸と下町がほどよく同居していた町。広重、北斎が絵にした川すじや「王子の狐」「花見の敵討ち」で笑った落語の舞台もここでした。江戸の発祥はこのあたりだ と聞いて古跡、旧跡の多さも理解できました。お土産は「王子の狐」にでてくる扇屋の「卵の釜焼き」、甘すぎる味が 江戸の味だったのでしょうかね。(061015)

☆ 縁あってにわか”フアン”でした

 書きかけのままで早朝 尾瀬に出かけてました。中日落合監督の涙も車内の新聞で読みました。32年前です。中日が優勝すると全社員に祝い金がー噂が広がって あさはかにもー。ただ今回は 練習で新人を育て、年配選手を巧に起用する落合采配に拍手してました。あの時は与那嶺監督、ニクソン 田中首相が辞任した年、祝い金も 取材の打ち上げで消えました。(061012)


☆ 朴葉焼の季節に備える

 秋晴れの日 庭の朴葉を保存しました。朴葉焼に備えてのことです。雨風にうたれて葉の痛みはひどい。やっとのことで20枚ほどを選んで水洗い、蒸して日陰で乾燥させました。近じか隣の空地で造成工事がはじまります。わが家からの風景も一変することでしょう。そう思うと ムダな手作業にも力がはいりました。(061010)
 

☆ あたりまえなんですがー

 何十年ぶりかに小石川界隈を歩きました。都立高が呼びかけた「江戸東京歴史散歩」。荷風が生まれて琢木が亡くなった山の手。かってのお屋敷町もマンション群に呑み込まれた格好。あいにくの雨 土に滲みることも無く雨水は勢いよく坂道を流れる。伝通院と小石川植物園で やっと一昔前を思い出しました。(061001)

☆ キンモクセイがにおう秋

 ほのかにキンモクセイの香りがただよってきました。橙色の小さな花なんですが、ひとつに固まると勢いがいい。安倍内閣もタカ派に論功行賞組が加わってスタートしました。目指すは憲法改正と教育基本法改正をおりこんだ「教育再生」だとか。安倍さんは「政治の評価は結果です」という。結果をだすにはもっと身近な課題があるはすだが。(060928)

☆ 里山にゆっくり秋がー

 蝶や鳥もそうなんですが 花の名を覚えるのも苦手なんです。このピンクの花 もう何年も咲いているのですが 今回はじめて「カクノトラノオ」だと覚えました。秋晴れ 近くの里山を歩きました。谷戸の稲田はきいろく波うっていました。刈り取りはもう間近か アカトンボがせわしく秋の花を教えてくれます。「子どものころの田舎の風景ですね」と棚田で出会った人。そうですね と応えてしばし立ち話になった。(060920)

☆ 伊達政宗がめでた秋の花

一転 秋の長雨、しとしと降ってます。庭のシロハギが花をつけました。緑のなかの白い花は胡蝶の舞を思わせます。とはいっても しげしげと萩の花をながめるのははじめてでした。毎年 この時期には咲いていたのですが 気にもとめませんでした。シロハギの寺(五日市・大悲願寺=写真)ま人出 と新聞で読んで 関心をもったというお粗末です。伊達政宗も愛でた花だそうです。(060912)

 
☆ 自然が演じた?高齢化社会

 近くの自然公園での野鳥観察会に参加しました。鳴き声が聞こえ、枝が動くのですが 姿を捉えられない。でも参加者たちは17種を確認してました。私の目はもっぱら草木。はやばや落ちた枯れ葉が 蜘蛛の糸でやっと踏みとどまっていました。人間社会を演じてる と見たのは皮肉でしょうか。(060910)

 
 
☆ 空しく響く「美しい国へ」

 紀子さまのおめでた、「美しい国へ」とはしゃぐ安倍さん。話題に事欠かないのに どうしたことか気がすすまない。なんだか すべてが仕組まれているように思えてならないからです。それにしてもひどい。わが町の市長さんも含めて役人たちの乱脈ぶり あきれるばかりです。美しくないから「美しい日本」が夢物語のように語られ 受けるのですかね。(060905)

☆ 上京してきたクロアゲハたち

 9月スタート。きのう 近くの里山に出かけました。ハギもコスモスもまだ、蝶々だけがやたらと目につきます。この夏は 黒いアゲハの飛ぶのをよく見かけました。蝶のことはよくわからないのですが 話によると ことしは 南国のクロアゲハたちが 群れて東上してきたそうです。 (060901)

☆ 霞ヶ関のせみ

 蝉の声を聞くのは田舎住まいの特権でした。いまは都心の街路樹でも騒々しく鳴いてます。一昔前、自宅からの電話は蝉の声を気にしながらかけていました。そのうち霞ヶ関周辺の蝉の声も自宅周辺と変わらないことに気づいたのです。これさいわい 「いま○○省で取材中です」と自宅の蝉の声をBGMに会社に電話してました。練磨の上司はお見通し、「そりゃ ご苦労さん」とひとこと添えて電話を切った。いい時代だったのです。 
(060824)

☆ 出遅れた庭のセミたち

  けさ 庭先のあちこちでせみの抜け穴と抜け殻をみました。出遅れていたセミたちが一斉に羽化したらしいのです。10年以上も土にひそんでいて世の中に出てきてせいぜい1週間の命。枝木に残ったただの脱皮殻を「空蝉」と風流に呼ぶようになったのは このはかない命をいとおしんでのことだからでしょうか。
でも万葉時代には空蝉は『せみの器」の意味でしかなかったと言います。(060819)

☆ 8月15日がやってきた

 総理の靖国神社への強行参拝で いつになく心騒ぐ8月15日です。だから ひっそり映画でもみて過ごすことにしました。小学一年生の孫と「対馬丸」のアニメ、700余人の疎開児が海に没した戦時中の悲劇。映画「24の瞳」は、声高に叫ぶことなくひしひしと心打つ反戦映画。
わかってくれたかな 孫に「戦争」を伝えました。
(2006.8.15)

☆ 蓮の花 ひらいてました 

 梅雨が長びきます。それでも近くの蓮田の花は いつものように この時期 大きな花をつけていました。今年の花は一回り大きいですよ と地元の人たち。緑の稲田が広がる蓮田の周辺は ヒマワリ アオイ 夏の花が鮮やかです。ふだんは無口な農家の人たちもなごやかにみえました。花の効用でしょうか。(060726)

☆ きまぐれな天気

 戻り梅雨です。しとしと降っています。先日 石塀にはりついているカタツムリを見ました。土に産卵する時期のはずなんですが、カタツムリは石塀の日陰でじっとお湿りを待っているようでした。気まぐれなお天気に いちばん とまどっているのは、こんな小さないのちたち かもしれないと ふっと思いました。(060719)

 
☆ 遠い夏の思い出

 猛暑の日が続きます。夕べは ひぐらしのせわしげな合唱を耳にしました。「梅雨」だというのに 周りはすっかり真夏のようです。きょうは朝から 隣接の空き地でモーターがうなっています。のびきった夏草の刈りとりです。夏くさのあの青臭い匂いがただよってきました。そうだ 戦争が終わったあの暑い日にも この匂いをかいたっけー。(060714)

☆ かみしめたい詩

「二人が睦まじくいるためには/愚かでいるほうがいい」で始まる詩人吉野弘の「祝婚歌」は味わい深い。姪の結婚式に贈った詩だが、なかのこんな一節は いまを突いています。「互いに非難することがあっても/ 非難できる資格が自分にあったかどうか/ あとで 疑わしくなるほうがいい /正しいことを言うときは /少しひかえめにするほうがいい/ 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと/ 気付いているほうがいい」。酒田生まれで故人。「吉野弘詩集」は愛蔵書の一冊でした。詩全文は http://bbs2.orange-e.net/?id=orenji
 

☆ 中田の引退宣言

 「Nakada」の引退宣言は突然でした。HPで読んだ引退の弁は説得力のある名文。スタッフをまじえて練りにねってきたのしょう。人生を旅になぞらえるのはよくある手ですが、それが古さを感じさせないのは 真摯な態度と熱意だったのかもしれません。ひさびさに、 ひとことひとことに思いをこめた文章に出会いました。 http://nakata.net/jp/
☆ きょうから7月

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 真夏を思わせる暑さです。そんな日に 涼しげなチョウをみました。温室のなかで軽やかにとんでいました。先日は赤坂のサントリーホールでのプラハ放送交響楽団の東京公演を聴きました。特別出演のブーニンが弾くモーツアルトは さすがに鮮烈。あふれるような響きのなかに浸りました。ほんのひととき 暑さを忘れました。

☆ 都心でのコンサート

 真夏日”のきのう 久しぶりの都心でした。赤坂のサントリーホールでのプラハ放送交響楽団の東京公演。特別出演のブーニンが弾くモーツアルトは さすがに鮮烈。あふれるような響きのなかに浸ってきました。2000の客席は ほぼ満席、S席(1.5万円)は、はやばや札止めだったとか。着飾った人がいるわけではない。さりげなく楽しむ中年の姿が目につきます。これが”成熟”というのだろうか、カフェテラスでゆっくりコーヒーをのんで 田舎に戻りました。
(060628)

☆ 無責任な人たち

 日本は世界にくみ伏せられました。サッカーのことです。”強い日本”を煽り立てていたTVや新聞は 掌をかえして 戦犯さがしで時をかせいでいます。その自作自演ぶりはいかにも見苦しい。でも それ以上に見苦しいのは、インサイダーまがいの手法で利殖をしていたこの国の中央銀行総裁なのかもしれません。(060624)

☆ ひっそり 花開いた水草

 アサザの花と きのう 出会いました。昔は湖沼などに群生していた水草、それが開発や汚濁で姿を消してしまっていたのです。環境庁も絶滅危惧種に指定して保護しています。一見 胡瓜のハナのようですが、よく見ると花の中にもう一つの花が開いているようにもみえます。近くの谷戸の池で ひっそり咲いていました。(060613)

☆ 46年前の あの熱気

 ワールドカップでのオーストラリアとの初戦 負けて残念でした。熱にあおられ 昨夜はTVに釘付けでした。パスをつなぐ小技はさすが、でも大技では相手が一枚上でした。TVも新聞も いや店や神社までもが ”侍ブルー”にわいています。これが少しは静まり、静かに「世界」が観戦できるなら初戦の負けもまた良しでしょう。46年前のこの日、国会議事堂を取り巻いた人波の中にいました(060613)

☆ 文化を役人に委ねたことのツケ

 高松塚の壁画のカビ発生に続いて 芸術選奨の受賞作に盗作疑惑がもちあがった。いずれも”加害者”は文化庁。かって 予算も人も中堅国立大なみ、地味な役所ですよ、と聞かされたことがある。それがとんだことで有名になってしまった。モノとカネが大手をふるいまの世、 文化だけは汚されたくないのだがー。(060608)

☆ 深夜に啼くホトトギス

 けさも キョッキョと甲高く響く鳥の声を聴きました。深夜、この啼き声は もの悲しげに聞こえます。ホトトギスだと知ったのはつい最近です。カップルの相手さがしか託卵できるウグイスなどの巣を探しているのだと友人から教えられました。巣から落ちた子鳥が深夜 親を求めて飛んでいる そんな姿を想像していました。でも 啼いて血を吐くホトトギスー もっと現実的だったんですね。(060603)

☆ あれ もう6月なんです
 わが家の南にある空き地の造成工事の準備がはじまりました。傾斜地にひろがる野生の蕗。踏みつぶされそうなので一株もらって庭に移植しました。ついでに摘んだ蕗、せめて薄皮だけでもと、指先が茶色にそまるほど熱心に皮をむきました。でも 茹でればあっという間ですよ と家人に言われて ちょっと力がぬけました。今夜は蕗入りご飯だそうです。(060601)

☆ アクセス 14万件になりました

 アクセスしていただいた件数 26日午後に14万件に達しました。ありがとうございます。このところ、コツ コツと響く音で目を醒ましていました。窓ごしにそっと覗くと庭にある櫻樹の幹に動く影を見ました。紅いベレーのアカゲラが幹をつついて幼虫を補食していたのです。樹には仕事の跡がなまなましくのこっていました。(060526)
  

☆ 一転 「真夏」の一日でした

 真夏のような強い陽ざし 野津田公園のバラ広場を歩いているだけで汗をかきました。とりどりに咲いたバラは華麗でした。そのネーミングにも なるほどと思わせるものがありました。手づくりの美しさとでも言うんでしょうか。 本当はいつのまにか花をつけた雑種の草花が好きなんです。(060520)
  

☆ そんなに急いでどこへ行く

 botan教育基本法が危なく揺れています。「共謀罪」の成立が急がれています。”政権末期”のどたばたと笑っておれない今国会です。二つの法案、「愛国心」や「合意」など人の心や心の持ちようにまで国や権力が介入、制約していこうというのですから。かっての「国歌・国旗」法案審議で「学校などでの強制はない」とくり返し答弁していましたが、それがいまー。(06.0516)

☆ はじめてのオペラシティ

  「初台ってどこ」 と聞かれました。西新宿に近い渋谷区初台のオペラシティです。第二国立劇場(オペラハウス)に隣り合わせた関連文化施設。一昔前、二国の建設場所をどこにするかで大騒ぎでした。そのため地図上では熟知していたのですが行ったのははじめて。いまごろになって 東京の大きさにとまどっています。関連 「鯰の見聞録」に

 ☆ 続 五月晴れ ホウの花

 黄金週間も残すは一日 わがやの帰省組も関西に戻りました。五月晴れもきょう一日とか。朝方 ふくらんでいた朴の花が午後にはいっきに咲きました。20個ほどの蕾のまだ2,3ですが、甘い香りをただよわせています。でも 虫たちの姿はみえません。誘われるのはものぐさな人間だけのようです。(2006.5.7)
 
 
 ☆ カーボン製のステッキ

  きのうの雷鳴はすごかったですね。奥多摩の山で尾根歩きの登山家が雷に打たれ亡くなりました。原因は持っていたカーボン製のステッキらしいのです。マナスル西壁の初登頂を果たした超ベテランにも、思わぬ落とし穴があったんです。そのころ わたしは皇居前で雨宿りをしてました。傘の軸はプラスチック製でした。
 

 ☆ 「負け組ゼロ」が勝った

 暖かい春がもどってきました。けさの新聞は衆院千葉補選での「ふつうの女の子」の当選を伝えています。「小泉劇場」に酔っていた観衆が われに返ったということでしょうか。「改革続行」より「負け組ゼロ」に票が動いたのです。そろそろ本物の政策論議を期待したいのだがー。(06.04.22)

☆チューリップに2度目の春

 きょうは強い春風が吹いています。桜は葉桜にかわって庭はいま花盛りです。オランダ産のチューリップも昨年に続いて2度目の花を咲かせました。掘り忘れていた球根が、生き残っていたんです。風が黒雲をふきはらって青空を取り戻してくれました。
☆ ほっとする出会い

 「品格」が話題になっています。旅先で出会った神代桜に「風格」を感じました。先夜 聴いた前橋汀子さんのヴァイオリンの音にもどこか品格がありました。培われてきた深い味わいというのでしょうか。いまの時代に ほっとする出会いでした。

☆ 春と冬を体感する旅

 思い立っての信越の旅でした。越後高田の夜桜をみて信州高遠で桜を楽しむツアー。でも花どころの桜はまだ、妙高山麓は深い雪でした。新潟で冬を体験して 神代桜が咲く山梨では汗ばむ陽気。日本の春と冬を一度に体感させてくれた旅でした。


☆ 咲きほこるさくら

 満開のさくらの下を歩きました。きのうの強風にも耐えて満面 薄紅色でした。地元のシニア仲間たちを案内して出かけた小山田の里 城址のさくらもいまが盛りと 咲きほこっていました。のびきったつくしんぼにゆく春を思いました。(写真)

☆ 丘陵はまだふゅの眠りでした

 一転 菜の花も色づいて里は春でした。町の桜は満開だというのに棚田の桜樹はまだ蕾のまま。残り花をつけた梅の木が寒そう。池のカルガモ夫婦も木株のそばに蹲っていました。里にもどると 桜は6分咲き、堀ったばかりの小さなタケノコが野菜スタンドに並んでました。2本1000円って安いのか高いのか、 春を置き去りにして帰ってきました。

☆ つめばら切らされた ゆとり官僚

 世間では人事の季節。かって局長級のポストにいた文部官僚が課長級に格下げされたという。かって取材上でのけんか相手。「ゆとり教育」が非難されて、旗振り役の彼が詰め腹を切らされたらしい。目立つことが嫌われる役人社会、映画評論家でもある異色の官僚にはやはり居場所が無かった。役人社会のおぞましさをまた見た思いです。
 
 ☆ いつの間にか新薬になじんでました

 信州から戻って播州へ。この一週間 風邪を抱えて旅をしてました。旅先でとびこんだ医院は漢方が得意の医師。もらった4種類のくすりも漢方薬。掌に山盛りになるほどの散薬。副作用がなく、じわりと効く、といわれたもののやはり不安。帰宅後、新薬に頼ることになりました。やっと快復。いつか せっかちになってしまっていた「自分」を考えました。(060318)

☆ 花開いたフクジュウソウ

 この暖かさに 庭の福寿草が一気にふくらみました。陽ざしに向かって一斉に花を開かせています。みんなで一斉に、というのがこのところのはやり。フクジュウソウは待ちかねた太陽への賛歌なんでしょうが、政治の世界での”一斉”はなんだか

 ☆ 手作りバックに企業化の波

 手作り布製の手提げバックを愛用しています。京都の一澤帆布製。堅牢でシンプルさが気に入って40年近く使っています。いまは3代目。その一澤でお家騒動、製造もストップとか。その昔 ガラスのあるしもた家、奧でひっそり縫製する職人の姿をみました。昨年、店には品数が増え、観光客でごった返していました。メジャーになっていたのです

☆ 目ざめたネコヤナギ

 日だまり庭 意外なところで春をみました。家人が活けおえたネコヤナギ バケツの中で芽をふいていたのです。カラをのこした銀ねずの花芽、それは春をよぶ小鳥のように見えました。枯れかかっていたこの小枝 ひそかに春を蓄えていたようです(060228)

☆山頂はモノクロの世界でした

 もう新芽の季節かな きのうひさしぶりに山道を歩きました。いつもの仲間たちと陣馬山でした。台地のような低い山ですが この日の山頂は雪、ガスにつつまれ富士山も望めない。雑木林の黒い幹 枝がゆれるのは黒い烏のしわざ。木の芽はまだでしたが 一帯は墨絵を見るようでした。山はまだ冬でした。(060224)

☆ 「ガセネタ」ですか

 「あれはガセのようです」 他紙のトクダネに、くやしまぎれに つい弁解したものです。電話の向こうで怒るデスクを こんな一言で宥めて、反証さがしに駆けずりました。「ガセネタ」と聞いてあのころを思い出します。真偽のほどはともかく 時の宰相が国会答弁でつかう言葉でないことだけは確かです。

☆ 利便とひきかえに

 ちょっとショックですが、わが家の南面に五棟の住宅が建つようです。眺望が奪われるうえに 日照も心配になってきました。開発が進んでやがてはと覚悟はしていたのですがー。「しょうがないか 40年 景観を楽しんできたんだから」。そう慰めながらも 「高さ制限」「日陰規制」など建築用語のページをくっていました。(060213)

☆ 3度目の雪化粧

 この冬 3度目の雪でした。明け方 響いた音は早起きの人の雪かきの音でした。道の雪はすっきり消えてました。雪には縁がなかった瀬戸内育ち いまだに雪にあこがれます。雪国の人には とんでもない と言われそうですがー。雪をかいていた方も東北出身でした。

☆続スバル360

「あのとき 貴兄は免許取り立て、車ラッシュの夜の中野坂上交差点 そのど真ん中でエンストして立ち往生、酔いが一気に醒めたことを思い出します」。その昔 淀橋署(現新宿署)に詰め、警察まわりをしていた他社の旧友からとつぜんメールが届いた。いや 驚きました。まだ”生き証人”がいたんです。なつかしくもあり インターネットの伝搬力のすごさをあらためて教えられました。

☆ なつかしい車 スバル360

 本屋でミニカーを買ってきた。1960年代 わがやの足だった「スバル360」。駐車中に軽々移動させられたり、トラックに接触、すっ飛ばされたこともある軽乗用車。それでも名車、通勤に、買い物にあえぎながらも急坂を運んでくれた。乳母車かわりになじんだ息子から、「本屋にあるよ」と教えられて再会した。

☆ 続 世界遺産の暮らし

 雪の白川郷は夜祭りのようなにぎわいでした。通りの店さきにたちどまる観光客、ライトアップされた民家に向けてカメラとデジカメが並ぶ。懐中電灯をたよりに村のはずれを歩いてみました。雪の壁に灯りがみえる。ほこらのなかでちいさなお地蔵さんがわらってました。やっと村里を感じました。

☆ 世界遺産の暮らし

 駅近くからバスが出ると聞いて白川郷をめぐるツアーに急きょ 参加しました。郡上八幡の清水 永平寺の冷たい長廊下 白川郷の夜景。厳寒覚悟の参加でしたがそれが案外 ぬくもりが感じられる旅でした。ライトアップされた合掌造りからちょっと外れた合掌造りの集落、そこはモノローグの世界。ほのかな灯りに 名もない暮らしが想われれました。(1/22)

☆ 小泉さんのふるさと

 スイセンをみながら山にのぼってみないかと誘われて三浦半島の大楠山に行ってきました。原子力空母の寄港地と小泉さんの実家がある横須賀。低山ながら急さかの道 里山の道 川の飛び石を辿る道 変化にとんだ12`でした。おめあてのスイセンはぽつりぽつり。菜の花畑は勢いがいい。山は太平洋と富士山が望める景勝地、目をおとすとゴルフ場と米軍施設がひろがっていました。

☆ どんど焼き

 旧正月の15日夜 近くの稲田でどんど焼きがおこなわれました。青竹のはじける音。あ そうだ きょうはどんどの日だ と注連飾りをもって駆けつけたのですが もう下火。残り火に照らされた子どもたちの顔に季節を感じました。ささやかでもいい やはり残しておきたい年中行事です
 
☆ 12年前の戌年 

 捜し物をしていたら12年前の「犬」がみつかった。戌年にちなんで知り合いの彫刻家がつくった置物。いい天気 陽の当たるベランダに置くと命があるように見えました。そのころは現役 わたしも空しく吠えていたっけー。村山内閣が発足、松本サリン事件が起きた年でした。

☆ 冷え込んだ朝 

 けさはこの冬一番の冷え込み。周辺は霜がはりついて白一色、遠くに見える丹沢の山もくっきり縁取りされてました。ひさしぶり鶴見川にそって小山田を歩きました。枯れ木の枝にアオサギがぽつんと一羽。川面をながめてました(20060101)