鯰のひとりごと   2005(平成17年)


☆ 静かな年の瀬 
 静かな年の瀬です。ベランダから眺めたことし最後の落日。「ごくろうさま また来年もー」と話しかけたくなるような夕焼けでした。ささやかなウエブを通じて ことしも多くの方と出会いました。教えられることが多かった一年でした。ありがとうございました。あすからもまたよろしくお願いします。

東京に降る雪は
 この冬 はじめて 雪が舞いました。それも つかの間 淡く消えました。各地の大雪情報が伝わるなかで東京ばかりは雪がない。いまの世の中 黒くって暗い話題が多い。偽装建築問題にしても元大臣もからんでどす黒い。東京が白く覆われないのは神の配剤かな。

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 ことし最後の山歩き 
 冷え込んだきのう 丹沢山麓の渋沢丘陵を歩きました。雑木に囲われたひだまりの道 丹沢の山々が一望できました。関東大震災で生まれた震生湖も空をうつして蒼く澄んでいました。なんだか贅沢におもえる一日でした。ことし最後の旧友たちとの山歩きでした。

☆ 
高尾山でみた多年草「シモバシラ」 
 誘われて高尾山に登りました。冷気で顔がこわばるようでしたが筑波山が望め、富士がくっきり見える歩き日和でした。「シモバシラ」という植物はご存知ですか。冬枯れの茎に氷柱がはりつく”樹氷”。落葉の草むらに白い霜のハナを咲かせてました。なんど歩いても高尾山には新しい発見があります。(1215)

☆ シーズンオフの北の旅
 紅葉は去って流氷はまだ先の道東にいってました。月の初め30度を超す異常気象だったとか。それでも痛いほどの吹雪、キュキュと音をたてる新雪の感触を味わい、道ばたで 正座するキタキツネにも出会いました。なにげなしに自然がのこっていました。帰宅すると わが家の狭い庭は大きな朴の葉で埋め尽くされていました。当分はこのままにしておこうかなー。(11/25)

☆ そんなものかと首をかしげる
 3年ぶりに眼鏡を新しくしました。プラスチックのレンズは軽いが傷がつきやすいのでガラスに替えてみたのです。ほんの少しの重みの違いで、かけるとずりおち鼻眼鏡に。それに眼が痛い。度数は変えてないのですが、3年間それでなじんできたのだから目がとまどってるんですよ と老舗の店員。そんなものかなと思いながら目薬をさしてみた。

☆ 
さわやか 天皇家の結婚式
 テレビでみた天皇家の結婚式は 落ち着いていて、さわやかでした。大げさなケーキも金屏風もなく 新婦の着せ替えもない披露宴。なにより新聞などに登場する顔を見かけなかったのがよかった。天皇と政治家の縁 せいぜい勲章授受ていどであって欲しいと切に思いました。11/16 

☆ 
いきなり かっこよさを求めてもー
 わたしにも新人記者を鍛えた時期がありました。NHK記者の放火事件で 後輩記者のひとりがコメントしていました。「ストレスでなら日本中を焼かなければならず、デスク、先輩に怒られた経験では地球を焼き尽くしても余りあるだろう」。さらに続けて「それでもしないのは取材での出会い、記事にすることの喜びがあるからだ」と書いていました

 詩人のふるさとを歩く
 高尾山に近い相原を歩きました。詩人、八木重吉のふるさとです。山への道では漢方医の屋敷や奈良時代の窯跡にも出会いました。いがいや寺と神社がたちならぶ寺町でした。こんな環境が あの”宗教詩人”を生んだのだろうか。

☆ やはり ただの勲章でした
 白い橘をデザインした文化勲章は唯一好ましい勲章でした。文科省推薦の選考委員が選ぶのが建前ですが来日宇宙飛行士やナマくさい人が選ばれるようになって醒めました。文部省担当の頃 その選考委員辞令をボツにして不評でした。関係者の間では選考委員の顔ぶれでその年の受章者が予想されるのだそうなんです。勲章を蹴った人が本物の文化人ー。(11/3)

☆ 
夕焼けは平和の風景
 鶴見川ぞいを自転車で走っていたら いつか夕日に向かっていました。夕焼けが美しいと思うようになったのは上京してからでした。幼い日にみた戦災の「業火」が 夕焼けに似ていたからです。憲法改正案 あの業火に結びつかなければいいのだがー

 ☆
やっぱり 秋の田舎がいい
 まちだの山里にも秋が戻ってきました。さわやか、ひんやりした朝です。先日、お会いした女優さん。「わたしはいま町から元気をもらっています」といってました。なるほど と思いながらも やっぱり四季を感じる山がいい。ことし庭の柿の実は2個だけでした。(10/26)

 ますます遠のく「知る権利」
 警察の都合で被害者の氏名はマスコミに公表されなくなるという。「人権保護」が表向きの理由。人権尊重は取材側の掟のはず。官の手の内での情報操作が恐い。被害者が特定されて事件事故が裏付けられる。官報や大本営発表がもっとも信頼できる時代に逆戻りするのだろうか


☆ おかげさまできょうで12万件
 鯰へのアクセス件数 きょうで12万件を超えます。 カウンターは無愛想な数字なんですが、一つ一つの刻みになんだか人のぬくもりを感じるようになってきました。こんな数字に励まされて ちょっと無理矢理、改訂をしています。役に立たない自己満足の世界でしょうが、恐縮しながら今後も書き続けます。
(10/19)

☆ 
乃木坂でみた将軍の旧邸
きのうは 出かけたついでに乃木坂にある旧乃木邸をのぞきました。100年以上経って 住居も庭も 夫妻が自刃した部屋もきちんと残ってました。日露戦争ではその戦略が非難され、「殉死」 で軍神にまつりあげられた将軍。その質素なたたずまいから ほんとうは戦には不向きな文化人でなかったろうかとふっと思いました。

☆ 
続 里山の秋
 秋晴れだというのに家にいました。めずらしく腰がひりひりと痛むからです。この2日間で、23`里山を歩いてました。歳がいもなく つい調子にのったんです。その後遺症と判断したのですが、どうやら軽いぎっくり腰らしいのです。しばらく静かにしています。

   
☆  藤沢周平の世界展
 世田谷文学館で「藤沢周平の世界展」を見ました。愛用の品々と原稿の数々が目をひきます。「庄内での長い冬の生活が、名もない下級武士に目をむけることになったんですね」。ビデオから生前の周平さん
の声がきこえてきました。東北の人の思いを語っていました。

☆  続 里山にいってみよう
 今夜は中秋の名月。夜が更けて十五夜の月になりました。先日のTVの里山歩き 長閑な風景を期待したのですが画面ではただの田舎でした。長く続く雑木林、棚田の風景も見てもらいたかったのですがー。小山田緑地の高台で丹沢に沈む夕日をみました。黄金色の照り返しのなかでススキが輝いて見えます。(9/18)

そうだ 里山にいってみよう
 お山の天気の事情で、きょうからの山行きは延期。ほんのひとときでも うだる暑さから逃れたかっただけに ちょっと残念。ささやかな このパーテイ その慎重さが 継続のキイになっているんです。わが家に近い里山が あす15日 午後10時からの「趣味悠々・里山歩き」(NHK教育)に登場します。そうだ きょうはこのコースを歩いてみようかなー。(9/14)

☆  だれが仕掛けたのだろうか
 選挙がおわりました。こんごに不気味さをのこす結果でした。改革か守旧かと問われれば つい「改革」を選ぶ。そんな人間心理を巧みについた選挙戦でした。舞台で見えをきる役者につい掛け声をかけてしまったというのが本音でしょうか。キナ臭さがただよってきます。けっして白紙委任したわけではないのですが(9/11)

 もうひとつの大相撲
 大相撲で最年長力士は44歳8か月の序二段「一の矢」(高砂部屋) だそうです。 国立琉球大理学部卒,物理学を専攻した変わり種、 20人の若者と同室で暮らし、観客もまばらな土俵で取り続ける。 いかにして相手の体勢を崩せるか、力が万能のこの社会で、 単純だが大きな課題を背負った小兵力士はどこかさわやか。(8/31)
☆  多摩丘陵の里山歩き
  きびしい残暑です。先日 近くの公園での野鳥観察会に参加しました。池に赤トンボがとんで稲穂がゆれてました。公園はもう秋でした。9月からNHK教育の「趣味悠々」で「里山歩き」(毎木曜8回)が始まります。いつも歩く小野路や野津田の里山も登場します。 わたしの里山歩きも再開です。 
      
  
☆  ハチがいま 荒れているようです
  庭先で家人がハチに刺されて大変でした。子どもの頃の経験から すぐ直るよとタカをくくってたのですが、消毒薬と軟膏による治療は効果なし。結局、救急病院にかけこみました。アンモニアや民間療法は逆効果、針を抜いて冷やして病院へというのが正解だそうです。この夏 周辺で3人がハチに刺されたと聞きました。  (8/24)  

☆  60年前の あの暑い日
  戦後60年。「小国民」の私たち その日も川遊びでした。とつぜん米軍の艦載機が機首をさげて飛来しました。夢中で夏草の間に倒れ込みました。その日の正午、戦争は終わっていたのです。それからの数年 国全体が食物もない飢餓状態に陥ちいりました。「戦争」の空しさを強く刻みこまれた少年期でした。(8/15)  
☆  いま 崖っぷちに
  「小泉一座」のどたばた劇。たくみな演出で、つい肩入れしたくなる気分がどこか怖い。でも今回の選挙は、小泉政権の4年がチエックできるいい機会なんですよね。本命の年金 増税 外交 それに改憲も いつのまにやら崖っぷちに。「刺客」の登場を おもしろがってる場合じゃないようです。(8/13)  

☆  汗だく 真夏の朴葉やき
 2年ぶりです。きのう庭先で朴葉ミソを焼いてみました。朴の葉にミソや鶏肉、野菜などをのせ、炭火でこんがり焼き上げるのです。一枚目の葉は黒こげ、2枚目はまあまあ、3枚目で色取りもよく焼き上がりました。友人家族へのもてなしだったのですが、暑くって。 国会解散わ伝えるラジオを聞きながら 汗をかきました。(8/9)  
 いま なにが大切なんですか
 戦後60年 還暦だというのに荒っぽい言動が続きます。 「郵政法案に背くなら解散だ」「言うことを聞かぬ 取材拒否だ」。なかでも政権政党の恫喝は、問題の本質をますます遠ざけるようです。北朝鮮の手法が笑えない国になってしまったようです。「原爆の日」 心鎮めたい一日です。(8/6)  

 声高だったTV「二十四の瞳」
 きのうアクセスが11万件を超えました。おまけに 一日で700余件ものアクセスを記録しました。うち450件は名作の舞台「二十四の瞳」への訪問者でした。この夜のTVドラマ わたしもみました。ひっそり戦争の悲惨さを語りかけたのが原作でしたが ドラマは声高で、味気ない演出でした。(8/3)  

☆  8月は鎮魂の月ですよね
 8月は鎮魂の月。戦争体験をかすめた世代だけに8月への思いは深い。それにしてもこのところ鎮魂にそむいて騒がしい。国会ではおどし半分の解散風が吹く。「愛国教科書」の採択 を求める合唱もどこか不気味。きのう 関西に住む長男夫婦から電話があった。「おじいちゃんの墓参り行ってきました」。一瞬、涼しい風が吹いたように思えた。(8/1)  

☆  ことしもハスの花が開きました
 暑いですね。近くにある蓮田の大賀ハスは揃って花を開いてました。異常気象の中で 花たちはちゃんと季節を読んでいたんですね。この大輪の花、だれが撮っても それらしい写真になるんです。わたしも再度 撮ってみます。この画面の下方に「天気予報」をリンクしました。(7/27)  
       

 ぐらり震度4強でした
 きょうはグラグラとゆれました。震度4強。2日前にめずらしく多摩東部を震源地にした地震があっただけに、一瞬、あわてました。さいわい文庫本4,5冊が床に落ちただけ。きんじょの飼い犬たちがいっせいにほえているのが不思議でした。この2,3日 朝夕はひんやりしています。    (7/23)  
☆  百曲りの登山道
 霧ヶ峰と美ヶ原を歩いてきました。車山は日光キスゲと観光客が競っているようでした。だから野のはずれで咲く小さな花が美しく見えます。車で上れる美ヶ原に 2時間30分かけて百曲りの登山道をたどりました。花や美ヶ原をささえる巨大な岩壁に出会い、頂上では山風になぐさめられました。    (7/20)  
☆  季節の変わり目
 曇り空、時折 吹く風が気持ちいい。緑地の樹の下で寝そべるのもいいな、そう思って腰をあげたら遠くで雷鳴がー、きょうも緑地行はやめにしました。空き地のひまわりにイナゴが一匹、いまが季節のかわりめなんでしょうか、梅雨と夏と秋が忙しく出入りしているようです。ちょっと霧ヶ峰にいってきます。(7/17)    
   
 ほんものの教養人でした
 随筆家の串田孫一さんが亡くなった。心から「先生」とよべた教養人でした。小金井の自宅ではつい長居をしてしまいました。山歩き、音楽、大学のこと さまざまにうかがいました。「相変わらずの不整脈で お送りできません、ここで失礼します」。こういって帰り際、玄関まで送ってくださった。いい先生でした。合掌。(7/8)  = 見聞録
 朝露をすくった七夕の朝
 七夕は子ども心に気忙しい一日でした。早朝、稲田にでかけ、お盆で朝露をすくうことから始まりました。持ち帰った露で墨汁をつくって、これで短冊に書く。願い事もまだ夢の中。一段落したところでお供え物つくり。茄子にマッチの軸の脚をつける馬づくり。おばあちゃんに教わりながらお供えものづくりも手伝った。天の川が見える頃にはもう眠くなっていたっけ。

☆  
「男の美学」を貫いてもー
 梅雨の中休みでしょうか。逝った映像作家から「ごあいさつ」が届いた。病床で書き置いた手紙の複写でした。「(これからは)好きなときに世界中に出かけます。とにかく楽しい生涯でした。快い人たちに出会い、全く愉快でした。素晴らしい一生です。ありがとう。それではー」(見聞録に全文)。この手紙に奥さんはこう添えてました。「ひとり男の美学を貫いても残された者は一層淋しさがつのります」。(6/22)

 白い花が咲く庭
 せまい庭では 白い花がめだっています。シロアジサイ、ナツツバキ、ツツジ、スズラン、ホオ・・・・。白い花は眺めていてアキがきません。白い花びらに黄や薄紅の点描が映えます。自然の造形に感嘆するばかりです。きょうは父の日 子どもたちから イグサが匂う枕と白いそうめんが送られてきました。(6/19)

 あじさいに犬の想い出
 通りの向こうを白い犬が歩いていた。仔犬のころ、かわいがっていた近くの「ハチ」。すっかり成犬になっていた。手をふると立ち止まった。「あ あのおじさんだ」といわんばかりになんども振り向きながらひったてられていった。あじさいの季節、わがやには大輪を背にした「クリ」の写真がまだ飾ってある。(6/10)

梅雨入りだというのに
 梅雨入りだというのにきょうは真夏のような暑い一日でした。憂鬱な季節なんですが植物にとっては恵みの季節。庭のユスラウメもひと雨ごとに色づいて、きょう 採りました。子どもの頃、実家の裏庭にあったグミとユスラウメの大きな木にも赤い実がたわわでした。酸っぱいグミは無造作に、ルビーのようなユスラウメは数えながら摘んでました。梅雨はこんな想い出も運んでくれます。(6/10)

☆  
開発反対 声なき声? 
 高尾山に連なる深い国有林を歩きました。したたるような緑、白い花に蝶が舞って、道にころがる落石に動物が跡をとどめてました。この山を高速道(圏央道)がつっきるという。利便とひきかえにまた自然が姿を変える。滝ノ沢林道で見かけたたクモは、×印に糸をめぐらせ、体をはって抗議しているように思えました。(6/7)


「さわやかな季節」ですか 
 知人から「さわやかな季節の訪れですー」と書き出された定年退職を知らせる葉書をもらった。いまの時期の挨拶としてはちょっと違和感があった。花粉症の苦しみと一時的にでも会社つとめから解放された喜び。「さわやかな季節」のひとことに実感がこもっていた。

しとしと降る雨
 けさもしとしと降っています。木が茂って庭のミニ菜園が日陰になりました。やむなく半畳ほどの「代替地」を拓きました。なにを植えるのかも考えずに竹や草をとって土を掘ったのです。思いつきの庭しごと、目的のない手仕事も意外におもしろい。陶芸はいま一休み、庭の土をいじって、汗をぬぐいました。

☆ 2本足で直立するパンダ
 背筋を伸ばして直立するレスターパンダが大もてだ。このところ東京湾を泳ぐ鯨や都心を走る猿など動物の動きがそのままニュースになる。遊軍記者の頃、取材のあてがない時には動物園と盛り場を歩いた。猿の「気持」で 猿山の抗争を書いたこともある。でも いまは見ているだけで字になる。 いい時代なんだろうかー。(5/22)

☆ 緑の風に吹かれてー
 またですか、とひんしゅくをかいそうですが、きのう箱根の山を歩いてきました。硫黄の大湧谷を避けて駒ヶ岳ー神山ー冠ケ岳のコースです。イワカガミはまだ蕾でしたが、コゴメザクラやヤマツツジが黄緑の山にひときわ色をそえてました。山頂で風にふかれてまだ歩けることの幸せを感じました。写真は駒ヶ岳、歩き始めたばかりです。(5/18)



☆ 
空転する「日本語ブーム」
 「国語辞書」って意外に面白い。友人の書いた「国語辞書事件簿」で教えられた。けさ、NHK-BSTVの「ブックレビュー」で、その友人は辞書を興味深く語っていた。でも その辞書が危ない、大手の出版社でも辞書編集部の影は薄いという。国語ブームは空転しているのだろうか。

☆ 
八ヶ岳の高原の村はひっそりでした
 きのう 地元の仲間に誘われて清里・野辺山高原に出かけました。八ヶ岳は白く、麓の高原は若草色でした。観光シーズン谷間のこの時期、町も村も静まりかえっていました。山は登るか、遠くから眺めるのがいい、冷たい風のせいでしょうか こんなことを思いました。日帰り温泉経由でゆっくり中央道で帰路につきました。
(5/11)


☆ 「望郷のバラード」
 先夜 NHKテレビで天満敦子さんが弾く「望郷のバラード」を聴きました。亡命音楽家が祖国ルーマニアを想って弾いていたバイオリン曲。からすうりさんが掲示板で紹介されたあの曲でした。CDでも聴いたばかりだったのに、なぜか なつかしく響いてきました。弾き手のせい、いや掲示板で事前にうかがっていたためでしょう。「抗議」や「抵抗」という言葉は日本では古語になってしまったのだろうか。(5/8)

☆ 青梅旧道はみごとな新緑でした
 友人に誘われ青梅街道の旧道を歩きました。朴の花はまだでしたが、新緑の中、ヤマツツジ紅、ヤマブキの黄 紫のフジが色をそえてました。わが家の朴は、白い花びらを散らせてました。この花はとってもいい香りを放ちます。「芳香」というのは、こんなのかなと思わせるような ほのかな甘い香りなんです。今年の花は5つ、この2,3日 花と香りが楽しめそうで
.(5/5)

☆ 悪いのは蔑ろにしてきた人
 憲法記念日。朝刊の書籍広告で こんなフレーズに出会いました。「時代に合わない憲法、社会に合わない憲法。そうでしょうか。正しくはこうではないですか。憲法に合わなくなった日本。憲法に合わなくなった社会。悪いのは憲法ではありません。悪いのは憲法を蔑ろにしてきた人です」。きょう一日だけは法学部の学生時代に戻ります
(5/3)


☆ アクセスが10万件を超えました
 どうかな とカウンターをおそるおそるのぞいたら10万件を超えてました。どなたかが きりばんを踏まれたようです。こんなに大勢の方たちが、と思うと正直なところ気が重くなってきました。でも これまで通りに さりげなく運営していきます。きょうは風の強い一日でした。
(5/1)

 ひょうひょうと逝った歌手
 歌手の高田渡さんが旅先の北海道で亡くなった。古ぼけたギターを手に、ひょうひょうと歌うフオークに独特の味があった。沖縄の詩人 山之口貘の詩はユーモアとペーソスがみごとに同居して心を打つ。その詩をうたうにはこの人をおいてない。「自転車に乗って」 「生活の柄」。ちょっとなげやりにさえ聞こえる歌がいまも耳に残ったままだ。(4/15)

☆ オランダと出合いました
 オランダ旅行から6ヶ月も経ってました。出かける前はいまひとつ気乗りしなかったのですが、旅の後に親しみのある国になりました。きのう そのオランダに出合いました。竹橋の近代美術館でのゴッホ展を見て、帰宅するとオランダ土産のチューリップの球根が花を開かせていたのです。あの旅をまた 反芻できました。(4/13)

☆ 自然にさからった罰だって
 桜に雨も悪くはない、と気どって庭を眺めていたら、カラスが花を散らし始めた。追い払おうとガラス戸を開けたとたん、重い戸の角に膝頭をしこたまぶっつけた。その痛かったこと。さいわい 骨に異常なしの診断。足を引きずりながら病院から帰宅した。「自然に逆らうからだよー」と友人たちにからかわれて、痛みに耐えた。でもねー。

☆ 半畳足らずのミニ菜園
 寒かったこの1月に思いたって撒いたほうれん草が食べられるほどに育ってました。庭の片隅の半畳足りずの超ミニ菜園。勧められてやたらとタネを撒いたのだが、まるで音沙汰なし。でも 土のなかで根をのばして春をまっていたのです。ちいさな野菜に「自然の理」をみました
(4/8)

☆ 苦々しい教科書検定
 教科書検定結果を苦々しく新聞で読みました。今回もまた政治の風向きをはかりながらの検定だったのですね。不気味なのはフジサンケイG・扶桑社版の社会科教科書の本格登場です。持論を展開する出版物は結構、でも その主張が公認され教室で教えられることの怖さを感じます。国定でない検定ってなんなのー。
(4/4)

☆ とまどっているのかな つぐみたち
 どんより曇ったはだ寒い朝です。庭にはヒヨドリと珍しくジョウビタキ?が姿をみせました。ツグミの群れが空を横切ります。この陽気にシベリア帰りの時をはかりかねているようでした。このところ野鳥を見るのが楽しみになりました。自然の配色がおもしろいのです。時に「掲示板」にもどうぞ。

☆ 「自然」を見て聞きました

知人に誘われて小山田緑地でのバードウオッチングに参加した。曇り空なので、梢の野鳥は色のないシルエット。空をゆっくり横切るのはアオサギ、せわしげに飛んでいくのはカワウだという。ツグミたちが群がり帰り支度を急いでいるようでした。聞き耳をたてると何種類もの鳥のさえずりが聞かれます。関心をもつことの面白さを、教えられました。(3/23)

☆ 
劇画 いや現実の世界です
「白馬の騎士」の登場でライブ劇の筋書きは混沌としてきた。買収劇には対抗グッズがあるんですね。ホワイトナイトや焦土作戦の他に「毒薬」「黄金の落下傘」「王冠の宝石」「鮫よけ」と呼ばれる小道具があるそうです。「ドンキホーテ」なら鏡の騎士の登場で幕切れになるのですが、この現代劇はまだ暗転を続けそうです。 (3/25))

☆ おもしろく 京を読みました
 ちょっと拾い読みのつもりが一気に読んだ。その一冊が「京都名庭を歩く」(光文社新書)。ガイドブックのつもりが京の歴史、時の権力者の動静、建築史にまで及んでおもしろい。京の人には、そんなことよう知っとります、といわれそうだが、これで京都観光にちょっと奥行きがでそうな一冊でした。前回の「若者社長」のHP http://weareias.com/

☆ 立ち枯れの丹沢大山
 天気がいいので山にいかないか、と友人に誘われ、きのう丹沢・大山を歩いてきました。ひさしぶりの大山は荒れて見えました。ブナやモミの木の森が縞目模様に立ち枯れ、枯れた崖地には土砂崩れの爪痕が残っていました。木の立ち枯れは2次災害をひきおこしていたのです。残雪でぬかるんだ山道 この日は登頂をあきらめました。

☆ 香りがうすい都心の梅

小春日和 きのうは都心の北の丸で、きょうは多摩ニュータウンの公園で梅をみました。目をこらすとそれぞれがきりっと花びらを整え、開いているのです。しかし都心の花からはあのふくよかな香りが感じられませんでした。靖国神社に近く、夏には戦没者の慰霊祭がおこなわれる土地柄。梅たちも鎮魂につかれたのかな。近藤勇でないけれど「やはり多摩がいい」。

☆ 届いた 瀬戸内の香り
 けさは部屋中にミカンの香りが漂っていました。きのう尾道の友人から届いたばかりの八朔からでした。Lサイズのみかんには瀬戸内の暖風と陽ざしがたっぷり蓄えられているようです。「たまには瀬戸の島を思い出してくれれば」と電話の向こうで学生時代の友人。一皮むくと 島の段々畑で食べた感動を思い出しました。


 曽我梅林は3分咲き
 急な誘いで曽我丘陵を歩いてきました。ミカン畑を横切る尾根道はのぞか。農家の人からもらったミカンは水気があって甘い。下った曽我梅林はいま3分咲き、でもほのかな香りはほこりっぽい雑踏に消えた。梅は手洗い鉢のわきに そそと咲くのがいい。ふるさとを思った。(2/6)


 朝一番の客は青いべレー
 わが家への朝一番の客は青いベレーのキツツキ君でした。パンくずに目もくれずに朴の幹をついばんでました。一眼レフのデジカメを入手したことで視野がひろがりました。鳥の動きや草花の芽生えにも興味がわきます。きのうの女性はメイコさんでした。了解を得て小さなカメラで撮ったのですが、肖像権のこともあろうかと、表舞台から撤退させました。「気になさらないで」とご本人はいうでしょうが。(2/5)

☆ 枯れ枝の庭で野鳥が面白い
自宅にいる時間が長くなって、庭の木々や草花を眺めるようになった。荒れた野生の庭は野鳥たちにとって格好のお休み処。今朝もパンくずを撒くとアオジ、ヒヨドリ、メジロ シジュウガラが飛んできた。先着の2羽のアオジは日中も居着いた。お昼過ぎ、遅れてきたのは鳩、きょときょと首を振って所在なげに歩く。あせらず急がず。鳩はやはり平和のシンボルなんだと思わせた。
(1/29)

☆ 
冬の京都がなつかしい
京都の宿から 冬の京にどうぞ、と案内状が届いた。以前に泊まった2カ所の公営宿舎から。シーズンオフの空室対策らしく、料金もやすく、サービもいい。底冷えの町でふるえ 飛び込んだおでん屋で飲んだ熱燗のうまかったこと。川端康成が「古都」に書き込んだのもみぞれの京都でした。 ふっと京都に行きたくなりました。


☆ 身近にドメスティックバイオレンス
夫が暴力をふるうドメスティックバイオレンスが社会問題になっている。友人の娘の件で相談をうけた。それが言葉の暴力だという。ののしり さげすむ 言葉を投げつけられて娘さんは子そだても放棄、通院してるという。軽はずみな夫の言動で負った心の傷は深い。加害者の夫は離婚調停の場で反省の言葉を吐いているという。いま言葉では傷は癒えない。 (1/23)

朝日VsNHK
NHKの番組改編をめぐっての朝日新聞とNHKの争いはなんとも空しい。NHKと与党との癒合は公然の事実。攻める朝日は 落としどころを間違ったらしい。「言った」「言わない」は不毛の論議。このさい「公共放送」のあり方が問われねばならない。この争いが燃え上がるのを いちばん期待しているのはライバル紙だろう

☆ 9万件を超えました
きのう アクセスは9万件を超えてました。今年初めての丘陵歩きで異変をみつけました。家から雑木林に抜ける峠道がいつのまにか宅地に化けて通行禁止。丘陵の台地では資材置場の造成工事、営巣していたオオタカも姿を消していました。生活や自然に逆らった愚行というべきか。砂をかむ思いで遠回りして帰宅しました。