鯰のひとりごと 2004


☆ 懐かしい 嘆き節
 嘆きのツーさんの訃報が届いた。文章家で知られた元社会部長。部下が動かないと嘆いて暮れの山谷に潜伏、ルポをものにするような上司だった。FM東京社長に転じて嘆き節はオクターブをあげたという。どこまでも管理職には不向きな本当の新聞記者だったんです。(12/30)


☆ 自然にさからう古い町
北鎌倉の山道を歩いてみました。大仏裏から北鎌倉に抜けるコース。冬至が過ぎたというのにまだ紅葉の季節、台湾リスが我がもの顔に木々を渡っています。崖地に建ついくつかの家は崖崩れをおそれて空家になっていました。土止めの青いシートが自然に逆らった証のようにみえました。(12/24)

☆ 昼間の富士は鮮やかでした
 なんだか久しぶりの改訂です。愛用のバイオがちょっと不調で。きのうは高尾山を歩いて富士山をみました。高尾からだと山頂に夕陽が沈む「特異日」だったようですが、夕方の富士は雲の中、大型機材を担いだカメラマンたちががっかりしながらケーブル駅へ急いでました。いえいえ ごくろうさまでした。
(12/21)

☆ 120年の苦楽
 きょうは横浜に出かけた。勤めてた新聞の創刊120年記念展をみるためでした。三度 題字がかわり、日比谷の焼き討ちと東京大空襲で社屋を失い、そして蘇ってきた歴史が展示されていた。戦争協力、戦後の誤報、熾烈な労働争議、 苦い歴史も見たかった。


☆ 馬頭琴の響き
 きのう 馬頭琴の演奏を聴いた。以前に聴いた演奏会ではホーミーの甲高い音色だけが耳にのこった。この夜の演奏は、音域の広い馬頭琴が主役、ほっと ゆったり聴くことができたが、どこか ひと味欠けている。 あの馬のいななきのようなホーミーの音色がなぜかなつかしくなった。やはり 町に住むわがままなんだろうか。(12/9)


☆ 「鳥の目」のたしかさ
 留まり木がなくなった野鳥たちのために庭に撒き餌をすることにした。旅行鞄にのこっていたオランダ産の米煎餅。まくと とたんにアオジと雀が飛んできた。ヒヨドリも急降下してきた。「鳥の目」の広さにあらためて驚かされた。
外国産の煎餅は固かろう、捨てていた自作の灰皿で急いで水飲み場をつくった。(12/'7)

☆ 消えたとりの止まり木
 けさがたの風は瞬間 45b、昼間の陽気は27度を記録した。季節がおかしい。となりの崖地に茂っていた桑の大樹が切り倒されて、日の光が照りつけるようになった。なにより戸惑ってるのは野鳥たち。留まり木がとつぜん消えたので、あわてて方向転換して飛び去るカラスがおかしく見えた。(12/5)

☆ ワサビ抜きの流行語
 流行語大賞の発表があった。厳しい年を象徴する一言が抜け落ちてる。「自己責任」が選ばれて「説明責任」がない。「たかが選手が」「人生いろいろ」、皇太子の「人格否定」も話題になった流行語でした。所詮はお遊びなんですが。今回からこの企画にスポンサーがついたのも流行語選びに影響しているようです


 心臓は反対側です
 心筋梗塞かな、鋭く感じる痛みを手でおさえて堪えていたら、家人に軽くいわれた。「心臓は反対側ですよ」。どうしたことか痛みは去った。じゃあ、出かけるかと自転車で鶴見川の川岸を下った。紅葉と河原のススキが「心臓」に優しく響いた。(11/26)

☆ 軽い 意外に年配者向け
 友人からマウンテンバイクをもらった。坂道を試走していてみごとに転倒した。足をはさまれ、バイクでの骨折をひやりとおもいだした。幸いけがはなし。それにしても軽い、ごろごろ道は担いで通った。慣れれば遠出が楽しめそうだ。

☆ 遠のく季節感
 わからない季節です。緑地を歩くと道ばたのタンポポが生き生きと咲いてました。桜の木はポツリポツリと花をつけています。近くの大泉寺境内にあった神社がいつのまにか姿を消してました。霊園に場所を譲ったようでした。(11/6)

☆ われらシルバー世代
 昨夜は有楽町で同窓会。15人の顔がそろった。話題はやはり健康の問題。外科医の仲間が出席したので話に拍車がかかった。2次会のカラオケでも懐メロが続いたという。シルバーを、あらためて意識させてくれた夜でした。(11/11)

☆ ことしの柿は豊作でした
 ことしは庭の柿は豊作でした。いつもならヒヨドリに食い荒らされるのですが、ことしはそんな姿もみかけない。もいで囓ってみたらいまひとつ甘みに欠ける。テレビは中越地震の続報を伝える。この飽食の時代に一杯のみそ汁に笑顔で感謝する被災地の人たち。寒い新潟に義捐金を送ることにした。

☆ 旅をしていました
 オランダ、ベルギーに旅行していました。連日のバスの旅で、腰を痛め、帰宅してからはひたすら横たわっていました。やっと快復、旅行鞄を開けたら美術館の図録がどさりと出てきました。今回は美術館をめぐる旅でした。森の紅葉にも出会えました。急ぎ旅記録をUP,改訂しました。


☆ 秋雨の中の新記録
 大雨であけた朝、地元の仲間に誘われて、丘陵を歩いた。黄金色の稲田、赤紫の野あざみ、禅寺丸柿が青空にカーキ色を重ねていました。雨上がりだったからこそ 空は一段と澄んで見えます。イチロー選手が2日に大リーグの年間安打記録を更新しました。力づくでつくられ84年間も保持された記録、巧みな小技とたゆまぬ努力で、さりげなく塗り替えました。(10/2)

 ☆ スズメバチの巣

 朴の木の幹にスズメバチの巣をみつけた。夜を待って殺虫スプレーでつぶした。朝、その”廃墟”をのぞいていると大蜂が飛んできた。崩れ落ちた巣を確かめるようになんども周回して飛び去った。生き残りの女王蜂、いや 帰りそびれたただの遊び蜂だったのか。きびしい残暑です。


☆ オニヤンマの訪問
  秋なんですね。なのに頼まれ原稿の筆はすすみません。この数日 わがやに オニヤンマが飛んできます。このあたりでも珍しい縞しまもようの大きなトンボ。網戸の向こうで、ホバリングしながらのぞきこむようにして飛び去ります。それが編集者の顔にみえてくるのです。

 14日、秋を訪ねて奥多摩の棒の折山に登りました。山頂はススキがゆれて、トンボがとんでました。でもそこに行くまでが苦行でした。45度に近い斜度を登るのですから 汗だくでした。
(9/14)

☆ 水上勉さんが逝った

 水上勉さんが亡くなった。好きな作家の一人でした。下積みの人の目線で展開する社会派小説に惹かれました。
名作の舞台で短編「鶴のくる町」をとりあげました。大きな力がささやかな暮らしを踏みにじるという筋書き。いま警鐘をならして欲しい文化人でした。この頁の下にあるカウンター 8万まであとわずかになりました。(9/9)

☆ まだモノがいえない国

 北オセチアの学校占拠事件 TVで見ていて9.11を上回る衝撃をうけた。亡くなった子どもは300人を超えるという。おかしなのは人質の数。350人の筈が実は1200人。地元を歩けばわかる筈のこの「誤差」 情報操作にのせられたマスコミの姿がまた悲しい。
(8/6)

☆ ちょっと山を歩いてみました
 奥多摩・御岳山のレンゲショウマは花の盛りが過ぎてました。ふれるとほろりと散る可憐な花でした。谷間に落ちる大滝で汗をおさめて、山腹の清水で顔をあらいました。暑い夏だからこそ山の自然がとっても涼やかに見えました。(8/3)


☆ 難航 3物調整
 DVDレコーダーをテレビとビデオに接続するのに手こずっています。BS録画の目処がついたらビデオデッキが動かない。ビデオが動くと、こんどはレコーダーが音なしになった。わが家の「三位一体」の計画も難航つづき。これまたゆっくりやります。
(8/21)

☆ 続 ギリシャ五輪
 ギリシャ五輪 連日 メダルラッシュに沸いています。でもサッカー、バレーなど団体種目の不振はさびしい。日の丸を背負った重みが足かせになったのだろうか。己に勝つことに徹した選手たちが勝ったギリシャ五輪。だから小泉さんの「感動した」式のパフォーマンスは似合わない。でも おかまいなしにやるんだろうな。(8/22)


☆ ギリシャ五輪
 雷鳴とはげしい雨音で明けました。今朝は夏空がひろがり、蝉が騒いでいます。きょうも暑い一日になりそうです。さわやかに優勝の味をかみしめる体操選手、奇声をあげてぎらぎらと勝利を喜ぶ水泳選手。五輪メダリストの喜びの表現はさまざま。勝つことだけがスポーツなんだろうか 考える場面もありました。暑い日中、横浜での能面展を見に行きました。(8/17)

☆ 「蚊の時間」って
 ギリシャ五輪がはじまった。花を撮ろうと庭にでたら ヤブ蚊の襲撃にあった。乾いた庭の片隅でしたたかに生きていた。先日、お会いした 「ゾウの時間ネズミの時間」の著者なら「蚊にも蚊の時間があります。そこを考えなきゃ」と云われそうです。それにしても痒い。(8/14)

☆ ある 解体論
 文科大臣の教育改革構想を読んだ。6.3制の枠を外して地方が自由に裁量、教育を競わせようというわけ。かって羽仁五郎の「文部省解体論」が話題になった、役人たちは荒唐無稽とあざわらった。解体論の再燃をみこして今回は財布だけは文科省でと主張する。それなら財務省だけでいいわけだ。
(8/10)

☆あつい一日
 暑い一日でした。焦げるような暑い日には、なぜか少年の頃の「8月15日」がうかんできます。トラウマなんでしょうか。不戦をちかった憲法を改正しようという動きが急です。いよいよ財界ものりだしてきました。やはり武器輸出の魅力に勝るものはないのでしょうか。暑さが一段と増してきました。(7/28)

☆ アブラゼミの大合唱
 朝は「こっちこい こっちこい」とけたたましく鳴く鳥の声で起こされます。昼間はアブラゼミの大合唱です。風情なんてとんでもない、暑苦しさがじりじりつのります。土の庭にいくつも穴があいてるのをみました。蝉たちが飛び出した跡なんです。蝉の短い命を思うと、まあ うるささぐらいはがまんするかなー。


☆ が蓮の花んこさ通した中野さん

 新聞で作家、中野孝次さんが亡くなったのを知った。シンプライフを心がけ、人前であまり笑顔をみせることのない先生だった。でも愛犬の話になると相好をくずし、顔がゆるんだ。ミニ公園の樹が切られると聞いて、自作の短歌を張り紙にしてひとり 抵抗する硬骨の人。「FAXもパソコンも嫌いでね、またいらっしゃい」といわれて自宅を辞したのは3年前のことでした。(7/23)

 ☆ かんさいに里帰り
 息子たちが大阪に転勤していった。娘が関西に嫁いで10年をこえた。はじめての関西での暮らし、とまどったようだが、いまはすっかり地元の人。「いいところだよ お父さんたちもこちらに住んだらー」と気楽に云う娘。父は関西生まれなんだよとつい言いそびれた。
(7/19)

☆ 霧ヶ峰は花の季節でした
 東京が暑かった日 仲間たちと霧ヶ峰の峰峰をわたり歩きました。ニッコウキスゲが山の風にそよいでいます。入道雲がたちまち雨雲にかわって山の雨にたたかれました。見下ろす風景と草木だけ、だれもいない1600bの峰の道を歩きながら自然を感じてました。山小屋に泊まっておよそ20キロの歩く旅でした。(7/16)

☆ 新聞見出し いろいろ
  参院選の結果を朝刊の見出しからー。「自民敗北 改選数割る」 「堅物代表、愚直に一歩 独断、軽量 首相に嫌気」 「小泉不敗神話が崩壊 岡田民主、怒りを吸収」 「小泉旋風、今度は逆風」 「強弁・放言 先行き不安」 「首相、頼みの世論離反」 「裁かれた首相のおごり」「はじけた小泉バブル」。与党よりのY紙 S紙はどう伝えたのだろうか。(7/12)

☆ いそがしく生きるホタルたち
 雷鳴が轟いてきょうから7月なんです。日中気温が31度。梅雨明けを待たずに夏はやってきたようです。ことしの蛍のシーズンは6月はじめ、もう終わってしまったといいます。ちいさな蛍たちもとまどいながら忙しく生きているんですね。高尾山塊はくっきり夏姿でした。

☆ メロンと車と
 もらった茨城産のメロンにシリアルナンバーがついていた。HPにその数字をいれると生産者、出荷日、糖度など、このメロンの情報があらわれた。旅だったちいさなメロンへの農家の心配りがうれしい。ひきかえ ユーザーをテストドライバーにみたてたような「三菱商法」、その傲慢さにあきれた。(6/28)

☆ 大菩薩の深い霧
 雨の中、大菩薩に登ってきました。2057bの百名山のひとつ。山稜からは富士や南アが遠望できるはずがすべて霧の中。ちいさな花とカラマツのシルエットが収穫でした。「大菩薩峠」は会社の大先輩、中里介山の長編小説。深い霧は机龍之介のニヒルな世界を彷彿させてくれるようでした。ナナカマドが色づく秋にはまた登ってみたいと思わせる山でした。(6/25)
 
☆ 携帯電話の不便さ
 北信濃にある2207bの山頂近くでいきなり携帯がなりました。「CD持って いまからうかがうよ」と町田の友人からの電話でした。あと一歩で頂上、おもわすもれる荒い息づかいも届いたようでした。しかし 下ったブナ林の森で、離れた仲間への連絡通話は「圏外」とでてました。器機の便利さと不便さを体感できた山旅でした。


 ☆ 元気に輝く 88歳

 世田谷美術館で彫刻家のおくさまにお会いしました。彫刻の世界でいま光る息子さんも育てた88歳、元気に輝いていました。ご主人が長崎の26聖人像を刻んだ頃の苦しい暮らしも聞きました。好きな詩と絵をなげうって支えつづけた65年。「ヤスタケは本当によく働いてくれました」。短い言葉に気持ちがにじんでました。

☆ この国のかたちがおかしい
 教育基本法に「愛国心」を明記するという。でもいま教育で問われているのは人を愛する心じゃないのかな。ニホンはアメリカの「ポチ」だといわれてひさしい。愛国心がちょっと顔をだすのは、せいぜいオリンピックの場ぐらいだろうか。司馬さんならいうだろう。「やっぱりこの国のかたちはおかしい」。(6/12)

☆ おやじ記者の慟哭
 けさの毎日新聞支局長の手記を重く読んだ。追いかける新聞記者がその当事者になってしまった悔しさもにじむ手記だった。娘を亡くした父親、取材する立場とされる立場が同一になった新聞記者。それはあまりにも残酷な仕打ちに思えた。(6/8)

 ☆ 天城の山を歩きました
 伊豆の天城山を歩いてきました。学生時代の仲間たちとシャクナゲを見にいったのです。崩壊で山は荒れ、ことしは花を見ることはなかったと地元の人。それでも山では春蝉の声とブナの巨樹に出会えました。12キロの山歩きは汗だくでした、よじ登った岩場で涼風にふかれて富士をみました
(6/2)

☆ わずかな 笑い
 きょうはめずらしく晴れています。テロだ、子殺しだ、不正だと、うんざりしてました。ハルウララの2着と14歳のカンヌでの受賞がわずかな救いでした。拉致家族の再会、親子が異国で離れて住むことの切なさが伝わってきます。
(5/25)

 ☆ 7万件になりました
 アクセス件数は、きょう7万件を超しました。この4ヶ月で1万件でした。なまずのひとりごとへのおつきあいありがとうございます。さいわい まだ文字をつらねることは苦になりません。
(5/23)

☆ 東京ステーションギャラリー
 シンガーソングライターと会うので東京駅のギャラリーに出かけた。古い煉瓦の壁面がシックな空間を形づくる、小さいながらも本格的な画廊だ。おりから32歳で去った難波田史男展、青春のブルーが際だつ水彩画がしっとりとけあってみえる。ここにきるとて、ほっと一息いれられるんですよと、小室等さんは話していた。(5/15)

☆ 皇太子妃のストレス
 暑い一日でした。皇太子妃の病気は強度なストレスなんですね。外国訪問が思うように進まなかったのも一因のようです。ままならない皇室外交にいらだったのですかね。でも 皇室が政治や外交に積極的であることは時に危険をともないます。昭和天皇は人一倍、自戒されていたようでした。
(5/11) 

☆ 「デジタル景気」ですって
 いまの世の中 「デジタル景気」だそうです。そういえば景気の支え役はデジカメやDVDなどデジタル製品。カメラに代わるデジカメなど支え役はいずれも短命の「代替品」づくり、なんとも心もとない。より一層、時を読むセンスが求められる時代なんですね。三菱車の対応のお粗末さを聞いてふとそう思いました。
(5/9)

 ☆ 優しい新緑の道でした
 きのうの東京は28.9度。相模湖に近い山を友人たちと歩きました。新緑にかこまれた土の道は優しい。ツツジが花をつけ、ヤマザクラが散り急いでました。巨岩がごろりと阻む登山道でしたが、これもまた一興でした。「自然」の豊かさにふれた一日でした。
(4/22)

 ☆ どこか哀れな老婆に似てー
 義母の三回忌で会津若松にでかけてました。ついでに三春の滝桜をみました。満開をすぎた桜は薄紫の装いでした。この日の見物客は3万人。ひとり町おこし役を引き受けさせられた樹はどこかあわれな老婆の姿に見えました。散り際のよさが歌によまれ、老樹の開花が愛でられる。どこまでも桜は日本の花なんですね。

☆ 心配な人質事件
 ちょっと汗ばむ陽気。ソメイヨシノが散り始め、ヤマザクラとシダレ桜がいま満開です。イラクで日本人人質事件がおきました。自衛隊の派遣に反対、素手でイラクを援助する若者たちであるだけに空しく悲しい。いまはただ無事を祈るばかりです。
☆ ひっそり咲く谷戸の桜
 きのうみた丘陵の老桜 ぽつり ぽつりとふくらんでました。ミニコミに「美しいおうな(老女)の品格を漂わせる」と書かれて赤ら顔にもみえました。あすあたりが満開かな、ことしもまた棚田を舞台に枝を広げたこのヤマザクラに満開の春を重ねることにします。それが田舎暮らしの特権かもしれません。(4/3)

☆ 開花寸前の尾根の道
 近くの緑道の桜は開花寸前でした。雑木林の尾根道でガマ蛙なのか、大きな蛙に出会いました。冬眠から覚めて飛び出してきたのです。連れがひょいとつまんで雑木林にそっと移します。優しい心遣いに上目遣いで感謝しているようでした。花がひらけば、この道も人の道になるんです。(3/16)

☆ 富士は雲の中でした
 友人たちに誘われ南足柄の矢倉岳に行きました。頂上では富士が間近にみえると励まされて急勾配の道を登ったのです。ところが富士は黒雲の中、冷たい風に吹かれてそうそうに下りました。雲間にみえる相模湾と仙石原の風景はおだやかでした。やっぱり自然はいいねと またの登山を約束して山をあとにしました。(3/11)

☆ 眠気からさめると
 きょうは地元の仲間たちと湯河原の低い山を歩きました。小春日和の梅の道が快い。山頂の芝生の広場にはなん組かのパーティが昼食の輪をひろげてました。なにげないこんな風景が自覚されるのは、赤い砂とグレーの暮らしをかいまみてきたせいなんだろうか。やっと眠気が去った。

☆ 大きい国でした
 ちょっと留守にしてました。この間、エジプトに行ってました。なにより その大きさに異国を感じました。すべてアラーの神の思し召し、と気にしない日常にも感じるところがありました。古いピラミットに背をまるめてもぐりました。のこった脚の痛みがあの大きさを実感させてくれます。(2/29)

☆ 暑い国なの、寒い国なの
 最高26度、最低5度ー20日の現地の予報でした。この寒暑の差が大きい地に出かけます。香取線香と毛織のセーターをトランクに詰めました。お腹をこわすよ、といわれて「正露丸」もしのばせました。歳が加わるにつれ旅の荷物は重くなっていくんですね。

☆ あの国防色の時代
 前大戦のさなか「国防色」が巷にあふれました。濃い緑色は幼い頭にもすり込まれ、いまだに気にかかる色なんです。このところ濃緑に茶色のまじった迷彩色がテレビや、新聞に氾濫しています。例の自衛隊の出兵報道です。おぜんだてされた迷彩色報道がどこか悲しく響いてきます。(2/3)
 
☆ ひだまりの道
 きのう6万件を超えました。ありがとうございます。いま無関心の時代だそうです。だから関心をもってもらえるのは幸せなのかもしれません。晴れたきょう、友人たちと丘陵を歩きました。とりとめもない話をしながら1万2千歩でした。(2/1)

☆ 30年目の町田フイル

 地元の「町田フイル」の演奏をひさしぶりに聴いた。この30年で団員も100人を超え、ベルリンなど海外で拍手をあびるオケに成長していた。打楽器の派手さが気になったが管弦の響きは快い。場違いな”ヤジ”が演奏席に投げられ、会場はいっしゅん凍った。心ない行為が好演に水をさした。(1/24)
指揮者の荒谷俊治さんには29日、町田の薬師池公園でお会いしました。(写真)

☆冬のi富士山
春日和でした。近くの尾根道でゆっくり自転車を駆った。富士山が白く、丹沢の山並みにのぞいてました。かって陸軍が新型戦車を試走させた路。戦後は桜並木にもどして散策路になった。道では戦争の記憶が残る世代の人たちにあった。枯葉を踏む道には平和な時間がながれてました。(1/21)

☆ 雪の日
けさは小雪が舞っています。このあたり 都心に比べると気温は3,4度低い。雪の日に長靴で出勤したら都心はタダの雨。長靴族は鎌倉の新興地に住む仲間と2人だけだった。「いいところに住んでいるんだね」といわれるようになったのはずーっと後のことでした。(1/17)
 
☆ 年賀状のこと
暮れに賀状を出しそびれました。シンプルライフを心がけたのですが、いただいた賀状にどう応えるか頭を痛めることになりました。後ろめたい気分で読む一通、一通からは顔がうかんできました。旧正月に、「賀状ありがとう」と書くつもりで
(1/3

☆ ”異訳”される「人道支援」
 とりとめもなく、正月も4日になってしまいました。その間にイランの地震被害は広がっていました。しかし日本政府の支援は自衛隊機による物はこびだけのようです。やっぱり武器をかついでの「人道支援」が、なにより優先される国になってしまってたんです。それにしても小泉さんは和服が似合わない人ですな。(1/3)

☆ 2004年です
2004年はおだやかに明けました。めずらしく野鳥のさえずりで目を覚ましました。しずかな元旦です。信仰心に欠けるわたしですが、今年が穏やかで平和なとしであるよう心で祈りました。ことしも よろしくお願いいたします。(1/1)