☆ かんさいに里帰り
息子たちが大阪に転勤していった。娘が関西に嫁いで10年をこえた。はじめての関西での暮らし、とまどったようだが、いまはすっかり地元の人。「いいところだよ お父さんたちもこちらに住んだらー」と気楽に云う娘。父は関西生まれなんだよとつい言いそびれた。(7/19)
☆ 霧ヶ峰は花の季節でした
東京が暑かった日 仲間たちと霧ヶ峰の峰峰をわたり歩きました。ニッコウキスゲが山の風にそよいでいます。入道雲がたちまち雨雲にかわって山の雨にたたかれました。見下ろす風景と草木だけ、だれもいない1600bの峰の道を歩きながら自然を感じてました。山小屋に泊まっておよそ20キロの歩く旅でした。(7/16)
☆ 新聞見出し いろいろ
参院選の結果を朝刊の見出しからー。「自民敗北 改選数割る」 「堅物代表、愚直に一歩 独断、軽量 首相に嫌気」 「小泉不敗神話が崩壊 岡田民主、怒りを吸収」 「小泉旋風、今度は逆風」 「強弁・放言 先行き不安」 「首相、頼みの世論離反」 「裁かれた首相のおごり」「はじけた小泉バブル」。与党よりのY紙 S紙はどう伝えたのだろうか。(7/12)
☆ いそがしく生きるホタルたち
雷鳴が轟いてきょうから7月なんです。日中気温が31度。梅雨明けを待たずに夏はやってきたようです。ことしの蛍のシーズンは6月はじめ、もう終わってしまったといいます。ちいさな蛍たちもとまどいながら忙しく生きているんですね。高尾山塊はくっきり夏姿でした。
☆ メロンと車と
もらった茨城産のメロンにシリアルナンバーがついていた。HPにその数字をいれると生産者、出荷日、糖度など、このメロンの情報があらわれた。旅だったちいさなメロンへの農家の心配りがうれしい。ひきかえ ユーザーをテストドライバーにみたてたような「三菱商法」、その傲慢さにあきれた。(6/28)
☆ 大菩薩の深い霧
雨の中、大菩薩に登ってきました。2057bの百名山のひとつ。山稜からは富士や南アが遠望できるはずがすべて霧の中。ちいさな花とカラマツのシルエットが収穫でした。「大菩薩峠」は会社の大先輩、中里介山の長編小説。深い霧は机龍之介のニヒルな世界を彷彿させてくれるようでした。ナナカマドが色づく秋にはまた登ってみたいと思わせる山でした。(6/25)
☆ 携帯電話の不便さ
北信濃にある2207bの山頂近くでいきなり携帯がなりました。「CD持って いまからうかがうよ」と町田の友人からの電話でした。あと一歩で頂上、おもわすもれる荒い息づかいも届いたようでした。しかし 下ったブナ林の森で、離れた仲間への連絡通話は「圏外」とでてました。器機の便利さと不便さを体感できた山旅でした。
☆ 元気に輝く 88歳
世田谷美術館で彫刻家のおくさまにお会いしました。彫刻の世界でいま光る息子さんも育てた88歳、元気に輝いていました。ご主人が長崎の26聖人像を刻んだ頃の苦しい暮らしも聞きました。好きな詩と絵をなげうって支えつづけた65年。「ヤスタケは本当によく働いてくれました」。短い言葉に気持ちがにじんでました。
|
☆ この国のかたちがおかしい
教育基本法に「愛国心」を明記するという。でもいま教育で問われているのは人を愛する心じゃないのかな。ニホンはアメリカの「ポチ」だといわれてひさしい。愛国心がちょっと顔をだすのは、せいぜいオリンピックの場ぐらいだろうか。司馬さんならいうだろう。「やっぱりこの国のかたちはおかしい」。(6/12)
☆ おやじ記者の慟哭
けさの毎日新聞支局長の手記を重く読んだ。追いかける新聞記者がその当事者になってしまった悔しさもにじむ手記だった。娘を亡くした父親、取材する立場とされる立場が同一になった新聞記者。それはあまりにも残酷な仕打ちに思えた。(6/8)
☆ 天城の山を歩きました
伊豆の天城山を歩いてきました。学生時代の仲間たちとシャクナゲを見にいったのです。崩壊で山は荒れ、ことしは花を見ることはなかったと地元の人。それでも山では春蝉の声とブナの巨樹に出会えました。12キロの山歩きは汗だくでした、よじ登った岩場で涼風にふかれて富士をみました(6/2)
☆ わずかな 笑い
きょうはめずらしく晴れています。テロだ、子殺しだ、不正だと、うんざりしてました。ハルウララの2着と14歳のカンヌでの受賞がわずかな救いでした。拉致家族の再会、親子が異国で離れて住むことの切なさが伝わってきます。(5/25)
☆ 7万件になりました
アクセス件数は、きょう7万件を超しました。この4ヶ月で1万件でした。なまずのひとりごとへのおつきあいありがとうございます。さいわい まだ文字をつらねることは苦になりません。(5/23)
☆ 東京ステーションギャラリー
シンガーソングライターと会うので東京駅のギャラリーに出かけた。古い煉瓦の壁面がシックな空間を形づくる、小さいながらも本格的な画廊だ。おりから32歳で去った難波田史男展、青春のブルーが際だつ水彩画がしっとりとけあってみえる。ここにきるとて、ほっと一息いれられるんですよと、小室等さんは話していた。(5/15)
☆ 皇太子妃のストレス
暑い一日でした。皇太子妃の病気は強度なストレスなんですね。外国訪問が思うように進まなかったのも一因のようです。ままならない皇室外交にいらだったのですかね。でも 皇室が政治や外交に積極的であることは時に危険をともないます。昭和天皇は人一倍、自戒されていたようでした。(5/11)
☆ 「デジタル景気」ですって
いまの世の中 「デジタル景気」だそうです。そういえば景気の支え役はデジカメやDVDなどデジタル製品。カメラに代わるデジカメなど支え役はいずれも短命の「代替品」づくり、なんとも心もとない。より一層、時を読むセンスが求められる時代なんですね。三菱車の対応のお粗末さを聞いてふとそう思いました。(5/9)
☆ 優しい新緑の道でした
きのうの東京は28.9度。相模湖に近い山を友人たちと歩きました。新緑にかこまれた土の道は優しい。ツツジが花をつけ、ヤマザクラが散り急いでました。巨岩がごろりと阻む登山道でしたが、これもまた一興でした。「自然」の豊かさにふれた一日でした。(4/22)
☆ どこか哀れな老婆に似てー
義母の三回忌
で会津若松にでかけてました。ついでに三春の滝桜をみました。満開をすぎた桜は薄紫の装いでした。この日の見物客は3万人。ひとり町おこし役を引き受けさせられた樹はどこかあわれな老婆の姿に見えました。散り際のよさが歌によまれ、老樹の開花が愛でられる。どこまでも桜は日本の花なんですね。
☆ 心配な人質事件
ちょっと汗ばむ陽気。ソメイヨシノが散り始め、ヤマザクラとシダレ桜がいま満開です。イラクで日本人人質事件がおきました。自衛隊の派遣に反対、素手でイラクを援助する若者たちであるだけに空しく悲しい。いまはただ無事を祈るばかりです。
☆ ひっそり
咲く谷戸の桜
きのうみた丘陵の老桜 ぽつり ぽつりとふくらんでました。ミニコミに「美しいおうな(老女)の品格を漂わせる」と書かれて赤ら顔にもみえました。あすあたりが満開かな、ことしもまた棚田を舞台に枝を広げたこのヤマザクラに満開の春を重ねることにします。それが田舎暮らしの特権かもしれません。(4/3)
☆ 開花寸前の尾根の道
近くの緑道の桜は開花寸前でした。雑木林の尾根道でガマ蛙なのか、大きな蛙に出会いました。冬眠から覚めて飛び出してきたのです。連れがひょいとつまんで雑木林にそっと移します。優しい心遣いに上目遣いで感謝しているようでした。花がひらけば、この道も人の道になるんです。(3/16)
☆ 富士は雲の中でした
友人たちに誘われ南足柄の矢倉岳に行きました。頂上では富士が間近にみえると励まされて急勾配の道を登ったのです。ところが富士は黒雲の中、冷たい風に吹かれてそうそうに下りました。雲間にみえる相模湾と仙石原の風景はおだやかでした。やっぱり自然はいいねと またの登山を約束して山をあとにしました。(3/11)
☆ 眠気からさめると
きょうは地元の仲間たちと湯河原の低い山を歩きました。小春日和の梅の道が快い。山頂の芝生の広場にはなん組かのパーティが昼食の輪をひろげてました。なにげないこんな風景が自覚されるのは、赤い砂とグレーの暮らしをかいまみてきたせいなんだろうか。やっと眠気が去った。
☆ 大きい国でした
ちょっと留守にしてました。この間、エジプトに行ってました。なにより その大きさに異国を感じました。すべてアラーの神の思し召し、と気にしない日常にも感じるところがありました。古いピラミットに背をまるめてもぐりました。のこった脚の痛みがあの大きさを実感させてくれます。(2/29)
☆ 暑い国なの、寒い国なの
最高26度、最低5度ー20日の現地の予報でした。この寒暑の差が大きい地に出かけます。香取線香と毛織のセーターをトランクに詰めました。お腹をこわすよ、といわれて「正露丸」もしのばせました。歳が加わるにつれ旅の荷物は重くなっていくんですね。
☆ あの国防色の時代
前大戦のさなか「国防色」が巷にあふれました。濃い緑色は幼い頭にもすり込まれ、いまだに気にかかる色なんです。このところ濃緑に茶色のまじった迷彩色がテレビや、新聞に氾濫しています。例の自衛隊の出兵報道です。おぜんだてされた迷彩色報道がどこか悲しく響いてきます。(2/3)
☆ ひだまりの道
きのう6万件を超えました。ありがとうございます。いま無関心の時代だそうです。だから関心をもってもらえるのは幸せなのかもしれません。晴れたきょう、友人たちと丘陵を歩きました。とりとめもない話をしながら1万2千歩でした。(2/1)
☆ 30年目の町田フイル

地元の「町田フイル」の演奏をひさしぶりに聴いた。この30年で団員も100人を超え、ベルリンなど海外で拍手をあびるオケに成長していた。打楽器の派手さが気になったが管弦の響きは快い。場違いな”ヤジ”が演奏席に投げられ、会場はいっしゅん凍った。心ない行為が好演に水をさした。(1/24)
指揮者の荒谷俊治さんには29日、町田の薬師池公園でお会いしました。(写真)
☆冬のi富士山
小
春日和でした。近くの尾根道でゆっくり自転車を駆った。富士山が白く、丹沢の山並みにのぞいてました。かって陸軍が新型戦車を試走させた路。戦後は桜並木にもどして散策路になった。道では戦争の記憶が残る世代の人たちにあった。枯葉を踏む道には平和な時間がながれてました。(1/21)
☆ 雪の日
けさは小雪が舞っています。このあたり 都心に比べると気温は3,4度低い。雪の日に長靴で出勤したら都心はタダの雨。長靴族は鎌倉の新興地に住む仲間と2人だけだった。「いいところに住んでいるんだね」といわれるようになったのはずーっと後のことでした。(1/17)
☆ 年賀状のこと
暮れに賀状を出しそびれました。シンプルライフを心がけたのですが、いただいた賀状にどう応えるか頭を痛めることになりました。後ろめたい気分で読む一通、一通からは顔がうかんできました。旧正月に、「賀状ありがとう」と書くつもりで(1/3)
☆ ”異訳”される「人道支援」
とりとめもなく、正月も4日になってしまいました。その間にイランの地震被害は広がっていました。しかし日本政府の支援は自衛隊機による物はこびだけのようです。やっぱり武器をかついでの「人道支援」が、なにより優先される国になってしまってたんです。それにしても小泉さんは和服が似合わない人ですな。(1/3)
☆ 2004年です
2004年はおだやかに明けました。めずらしく野鳥のさえずりで目を覚ましました。しずかな元旦です。信仰心に欠けるわたしですが、今年が穏やかで平和なとしであるよう心で祈りました。ことしも よろしくお願いいたします。(1/1)